第11話 ふぅん
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
桃色のパジャマ姿の紗季が姿を見せる。妹のパジャマ姿なんて全く興味ない……なんて紳士なことは思えず、ちょっとドキッとしてしまう。今まではあまり意識しなかったが、紗季が俺に好意を持っていると思うと……今までは蓋をしていた気持ちが表に出てしまうというか。
「どうかしたのか?」
「ちょっと教えてほしいことがあって。宿題なんだけど」
「いいぞ。どれ?」
「ありがとう。すぐ終わるね」
紗季がためらいなくベッドに腰かけてくる。シャンプーの香りがふぅわりと香ってきて、心臓の鼓動が早くなった。
紗季が持ってきたのは数学のプリント。紗季は確かに数学が少し苦手で、俺がよく教えている。……という認識であっているよな? 実は得意だけど、俺に訊くためにあえてわからないふりをしているとか……。
『数学って苦手なんだよなぁ。お兄ちゃんに教わってるのになんで得意にならないんだろ? そんな自分が許せないわ。でも、こうやってお兄ちゃんに勉強を教わる理由ができて、それは都合がいいかな』
あ、良かった。俺はちゃんと紗季の役に立てていたんだ。ドヤ顔で勉強を教えてきたのが黒歴史にならずに済んだ。
しばし、紗季に数学を教えてやる。俺からすれば一年前の話であり、教えることは難しくなかった。
『お兄ちゃんカッコいい……。エッチのときもこんな風にカッコよくリードしてくれないかな? 全部俺に任せて、紗季は流れに身を任せるだけでいいぜ、とか……? でも、ベッドでは案外控えめなお兄ちゃんも捨てがたいな。どうすればいいんだろう、これであってるかな、ってオロオロしてるのを、あたしが優しく導いて……。
一つになる瞬間、あたしは大丈夫だから、思いきって中に……なんて。あはっ、想像したらまた濡れてきた。お兄ちゃんを押し倒したい……あたしに触れてほしい……お兄ちゃんの興奮をあたしの中に吐き出してほしい……』
教わりながら、同時にそんな思考を展開させているのがやはり器用だと思う。そんなだから数学が得意にならないのでは? と思わなくもないが、この場では問題の解き方をよく理解している。新しいことをやるとわからなくなるようだ。
二十分ほどで一通り終えて、紗季が満足げに微笑む。
「ありがとう、お兄ちゃん。遅くまでごめんね」
「これくらいはいいさ。俺のことより、紗季の勉強の方が大事だろ」
「優しーっ。お兄ちゃん、大好き!」
紗季が俺と腕を組んでピタリと体を寄せる。当然のごとく胸も押し当てられていて、むにゅんと柔らかな感触が伝わってくる。
たまにこういうスキンシップはあり、そういう性格なんだと気にしていなかったが、好意を知ると意識せずにはいられない。
「あ、あんまりくっつくなよ。兄妹って言っても、もう少し恥じらいとかはあっていいと思うぞ」
「ん? お兄ちゃん、まさか、妹の体を意識しちゃってるの?」
『もっともっと意識して! 我慢できなくなってあたしのこと押し倒してもいいから!』
「そ、そういうわけでは……」
「ふぅん? 本当にそう? これでも?」
紗季の胸が俺の腕を包み込む。あれ? 柔らかい生地のブラでもつけてるのかと思ったけど、これ、もしかしてノーブラじゃない?
いやいや、そんなことは……。
『ふふ、赤くなってるお兄ちゃん、可愛い! ノーブラで来たかいがあったかな? お兄ちゃんにもっとあたしの感触を知ってもらわないとね。っていうか、あたしも胸でお兄ちゃんを感じちゃうなぁ……。もう、お兄ちゃんはどれだけあたしを興奮させれば気が済むのかな。パンツやばい』
やっぱりブラしてないのかよっ。男としてはそれはもちろん嬉しいんだけど、やっぱり節度ってものがあるよね!?
「や、止めろって。兄妹だからって、一応体は男と女だぞ? そりゃ、変な真似をするつもりはないけど、あえてそんなことされたら、俺も平気じゃいられないって」
空いている手で紗季を押し返す。非常に惜しいが、このままだと本当に紗季に何かしてしまいそうだ。
「あはは。お兄ちゃん、気にしすぎだって。昔は一緒にお風呂も入った仲でしょ?」
「昔は昔。今は今。全然状況が違う」
「あたしは、今でも一緒に入ってもいいけど?」
「子供かよ。もう高校生なんだから、恥じらいを持て」
「あはは。そうだねー。じゃあ、水着でとか?」
「なんで一緒に入る前提で話が進む!?」
「いいじゃん。たまには一緒に入ろうよ。兄妹なんだしさ?」
「兄妹で一緒にお風呂とか入らないだろ、一般的には」
「あはは。もう、冗談だって。お兄ちゃん焦りすぎー」
『流石にちょっと攻めすぎたかな? 本気? 冗談? みたいな微妙なところで止めておかないとね。意識してくれるのはいいけど、急に距離を詰めすぎて警戒されちゃったらダメだもんね。少しずつ、じわじわとあたしを意識させて、あたしのことで頭が一杯になっちゃうタイミングを待つの。焦りは禁物よ』
紗季は無邪気に笑顔を浮かべている。その胸の内で虎視眈々と俺を狙っているとは思えない。女って怖い。
『まぁ、今夜は遅いし、忘れ物作戦は難しいよね。うぅん、焦らされてまた体が疼いちゃう。今すぐでもいじりたくなってきた。っていうかお兄ちゃんにいじってほしい。ああん、もう、頭おかしくなりそう!
……と、ちょっと冷静にならなきゃ。そういえば……』
「あ、そういえば、電話長かったけど、どういう話だったの? 神坂先輩だよね?」
「ああ、そうだよ。内容は、えっと……ちょっとまだ話せない、かな。神坂さんのためにも」
「まだ、話せない? どういうこと? 将来的には話せるけど、今はダメ?」
「うん。今はダメ。内密の話だから……」
「ふぅん……?」
『ま、本当は内容も全部わかってるんだけど。でも、全く気にしてない感じだと逆に怪しいよね? 遠回りしてちょっと探っている風を装うのもいいけど……ここは女の勘を働かせたということで……』
「もしかしてだけど、神坂先輩、坂田先輩と上手くいってない?」
「へ!? な、なんでそんな風に思うわけ!?」
紗季は何も知らない風を装い、俺は俺で紗季の心の声など知らない風を装う。なんてしょうもない心理戦だ。
「その反応は当たりだね。女の勘が冴えるなぁ。
あたしも二人のことは見たことあるし、坂田先輩はよく家に来るけど……坂田先輩って、カッコいいけど実は結構面倒くさい人でしょ? リーダーシップがあるっていえば聞こえはいいけど、自分のペースに周りを付き合わせちゃう感じとか」
「……紗季からするとそういう認識だったのか」
坂田は俺の数少ない友人の一人。多少、一人で突っ走りがちなところはあるけれど、他人の意見に耳を貸さないほど独りよがりではない。言えばわかる奴、と思っていた。
「まぁ、話を聞かないポンコツって風ではないよね。ただ、積極的に引っ張ってくれる相手に対して、こんなに頑張ってくれるんだったら余計なことを言わずについていかなきゃ申し訳ない、ってなる人もいると思うのね。神坂先輩とかはそういうタイプじゃないかな? でも、文句は言わない代わりに、すこーしずつ不満が溜まっていっちゃうと思うの。一つ一つは些細な不満でも、それが積もり積もって、何かもうダメだ、ってなっちゃう」
「……紗季は、鋭いなぁ。たぶん、その通りなんだと思う」
俺は神坂さんのそういうところに全く気づいていなかった。女心のわからないやつ、ということなんだろう。
「こういうのさ、坂田先輩も多少負い目はあると思うけど、やっぱり神坂先輩も悪いと思うのね。自分はこうしてほしい、ああしてほしい、っていうのをきちんと伝えてないから、変に不満ばっかり積もっちゃう。
これも相性ってことなのかな? 神坂先輩には、自分の気持ちを伝えやすい雰囲気の相手が合ってる」
「……そうなのかも」
「ちなみに、神坂先輩からはなんて? 別れたいけどどうしよう、って?」
「あんまり詮索するなよ。神坂さんから、他人に話していいとは言われてないんだから」
「そっかそっか。なら、これ以上の詮索はなしにしてあげる。でも、お兄ちゃんじゃどうアドバイスしてあげればいいかわからないときは、あたしを頼ってくれてもいいからね?」
『ふふ。お兄ちゃんからしたらあくまでただの妹かもしれないけど、こうして、実は頼れる大人の女、っていうのをアピールしていかないとね。もう子供じゃない、って意識したら、それからはもう大人の関係に……ぐへへ』
笑い方が怖い。思っていたより大人な女の子なのは、確かに感心しているけれども。
「ありがとう。紗季がいると心強いよ」
「へへ。お兄ちゃんに教わるばかりじゃないの」
『心強い! お兄ちゃんから頼られてるなんて嬉しい! 将来は共に人生を歩むパートナーとして、頼りになる存在にならなきゃダメよね! もっともっと、頼れる存在にならなきゃ!』
「……そうだよなぁ。紗季も、もう高校生だからな。まぁ、俺もそろそろ寝るし、紗季もそうしな。明日も学校だ」
「うん。そうだね。ありがとう、お兄ちゃん」
紗季が立ち上がり、部屋から出ていこうとする。
「おやすみ、お兄ちゃん。いい夢見てね」
『あたしの胸の感触を思い出して、夢の中でエッチしちゃったりしてもいいからね?』
「……お、おやすみ」
可愛らしい笑顔を残し、紗季がドアを閉める。そこで。
『ん? ところで、神坂先輩、上手くいかなくなって坂田先輩と別れたとして、それからどうするんだろう? お兄ちゃんとも坂田先輩とも縁を切っちゃうのかな? それとも……まさか、お兄ちゃんに接近する?
お兄ちゃんは素敵な人だから、そういう事態になってもおかしくないよね。付き合ってみた彼氏の友達が実はすごく魅力的な人だってわかって、彼氏よりもその友達に惹かれちゃった、とか?
んん? ということは、もしかして、彼氏と上手くいってないっていうより、お兄ちゃんを好きになっちゃったから、彼氏との関係が上手くいかなくなってるのかも? もしくは、上手くいかせる努力をしたくなくなっているのかも?
あれれ? これ、もしかしてお兄ちゃん、ピンチなんじゃない? 今まであんまり女っ気なかったけど、ここに来てあたしからお兄ちゃんを奪う泥棒猫ちゃんが登場? ふぅん……。そういうこと。ああ、そうなの……』
ドア越しに、紗季から黒いオーラが立ち上るのが見えるようだった。
『そういうことなら……あれは、敵だ』
紗季の心の声が止まり、スタスタと歩き去る。
あの……本当に怖いんだけど。大丈夫だよね? 紗季は、なんだかんだ言っても心優しい女の子なんだよね? 急にサスペンス展開になることはないよね?
妙な胸騒ぎを覚えつつ、俺はベッドに横になる。眠いはずなのに、なかなか寝付くことができなかった。
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