好感度と心の声がわかるようになったけど、俺を狙ってるのが妹と先生と友達の彼女なんだが。

春一

第1話 なんだこれ

 朝、俺を起こしに来た妹の頭上に、「92」という数字が見えた。

 まだ寝ぼけてるのかな? と目を擦ってみる。だんだんと意識ははっきりしてくるのだけれど、視界が鮮明になってきても妹の頭上の数字は消えなかった。


「お兄ちゃん、ご飯だよ。早く起きて」

「ん……ああ。そうだな」


 数字がなんなのかはわからないが、今日は平日で、学校に行かなければならない。とにかく起きよう。


「たまには自分で起きてきなよ」

「別に俺が悪いわけじゃないと思うんだがなぁ」


 時刻は六時十五分。学校には六時半に起きれば十分間に合うのだが、妹の紗季は俺に早起きを強要してくる。なんでも余裕を持っておきたい妹に無理矢理つき合わされている形だ。

 それに、朝ご飯だって必要なら自分で勝手に作るのに、紗季がわざわざ作りたがる。そりゃ、作ってもらえるならありがたくいただくので文句は口にしないが、とにかく、俺が特別だらしないとかではないのだ。


「ほら、起きたなら一緒に行こ」

「……紗季、何度も言うが、男の子は寝起きすぐには動けないものなんだ。先に行ってくれ」

「いつもそう言うけど、何で? 病気なの?」

「至って健康だよ」


 健康だからこそ動けないのである。布団で隠さなければ紗季の前では動けない。


「低血圧とかじゃないんでしょ?」

「違う」

「だったらなんで?」

「なんでって……」


 もう高校生なんだから自分で調べてくれないものかね? 兄から妹にする教育ではないと思うのだが。

 俺が答えあぐねていると、急に紗季の声が聞こえ始める。紗季は口を開いていないはずなのに……?


『はぁ……お兄ちゃんの寝起き、可愛いなぁ。それに、男の子の事情で動けなくなってるのを、あたしに言えなくて困ってるのも可愛いなぁ。あたしだってもう高校生なんだから、それくらいわかってるのにね。あえて困らせてその様子を楽しみたいだけだよ? っていうか、あの布団の下にはお兄ちゃんの……あ、やば、想像したら濡れてきた』


「……は?」

「は? って何? あたしの顔じっと見つめて、何か言いたいことあるの?」


『鎮めるの手伝って、とか言わないかな? 手伝ってあげたいなぁ。そういうことになってもいいように早めに起こしに来てあげてるのに』


 聞こえてくる声がいったいなんなのかわからない。紗季の心情ではないかと思うが、内容的に俺の妄想だと言われた方が納得できる。


「ねぇ、お兄ちゃん、本当にどうしたの? ぼうっとしちゃってさ」


『抑えきれない欲望と戦ってるのかな? 朝は欲求が強くなるって言うしなぁ。あたしを襲っちゃいたいけど、流石にそれはダメだ、とか? どうやったらその欲望を解放してくれるんだろ? もっと薄着で? 水着……は流石に変か。下着姿で? でも、あんまりはしたない子だと思われるのもなんだかなぁ……』


 次々と流れていく、男の妄想のような言葉。まさか、紗季の心の声が聞こえている、なんてことはないと思うんだが、かといって俺の妄想とも思われない。妹のことは可愛いと思うけれど、積極的に男女の関係になりたいと思っているわけではない。


「……紗季、とにかく先に降りててくれ。後で行く」

「もう。二度寝なんてしちゃダメだよ?」


 紗季がようやく部屋を出てくれる。


『はぁ。今日も進展なしか。どうやったらあたしにもっと興味持ってくれるんだろ? 毎朝可愛らしく起こしに来てくれる妹って、兄としては萌えるシチュエーションじゃないのかなぁ。お兄ちゃん、って呼んでるのがいけないのかな? もう冬矢って呼んだ方がいい?』


 心の声であるというのが一番有力だが、だとすると、紗季は俺のことを一人の男として好きであるとしか思えない。そんなことありうるのか? そんなそぶりは……ないわけじゃないのか。毎朝起こしに来るし、週二くらいで弁当作ってくれるし、割とよく俺の部屋に来てだらだら漫画読んだりするし、普通にベッドに横になったりするし。

 単純に家族だから、自然な流れでそういうことをしているのだと思っていた。しかし、俺への好意があるとすると、その行動の意味が違ってしまう。


「……けど、まだ確定ってわけじゃないし。他の人のも聞いてみないと」


 そもそも、どうして数字や心の声らしきものがわかるようになったのかもわからない。最近、俺が何か特別なことをしたってことも……。


「あ、昨日、猫を助けたな」


 昨日の放課後、自転車に轢かれて怪我をした猫を病院に連れて行った。いつでもそんなことをするほど俺は善人ではないのだけれど、四月の陽気の中ではなんとなく見過ごすのが気に病んだ。

 高校二年生になったばかりでもあったし、紗季の先輩にもなったことだし……と色々考えて気恥ずかしさを誤魔化した覚えもある。

 ただ、あの猫には普通にちゃんと飼い主がいて、神秘的な野良猫というわけでもなかった。今の特殊な状況を作り出す原因にはならないと思う。


「……考えてもわからんな。とにかく、ご飯食べよ」

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