10.

「あのう、作戦会議が無事に終わったからいいとして。だけど……」



 キンキンと直接鼓膜を震わせる突き抜けた声に、牡丹はむすりと顔を歪ませる。それから、薄らと眉間に皺を寄せていった。



「どうしていきなりカラオケなんか始めるんですか?」



 丁度曲を歌い終え、やり切った様子の梅吉に、牡丹のみならず他の兄弟達も呆れ顔を浮かばせている。



「いいだろう、テンション上がるんだから。なんせ明日は決戦だからな。今から気合いを入れておかないとだろう。

 それにしても、カラオケ機材をレンタルできるなんて。さすが豊島家様様だなあ。せっかくなんだ。藤助も歌えよ」


「えー。俺はいいよ」


「なんだよ、揃いも揃ってノリが悪いなあ。さっきから俺しか歌ってないじゃないか。明日は何が起こるか分からないんだ、今の内にストレス発散しとけよ」



 梅吉に、ぐいとマイクを押し付けられ。



「それじゃあ、一曲だけ……」



 渋々ながら、藤助はマイクを受け取ると握り締める。


 が。



「部屋と●シャツとわたしー、愛するあなたのためー、毎日、磨いてーいたいからー」


「おい、おい。なんだよ、この選曲は……」


「藤助兄さん、こういう曲を歌うんですね」



 なんだかどよどよとした空気が流れてしまっている中、藤助は突然歌うのを止め、

「天羽さんの……、天羽さんの、ばかーっ!! ばか、ばか、ばか! 最後の最後であんなことを言うなんて、そんなの狡いっ……!」

 そう叫ぶと歌の途中であるにも関わらず、藤助はマイクを放り投げ、声を上げてテーブルの上へと突っ伏す。


 そんな弟の様子に、道松は一つ乾いた息を吐き出す。



「おい、梅吉。泣かせてどうする」


「なんで俺のせいになるんだよ。どう考えても、じいさんのせいだろう。

 それに、失恋ソングと言えば、『木綿のハンカ●ーフ』だろう!

 俺が男パートを歌うから、牡丹は女パート担当な」


「えっ!? その曲、知らないんですけど」


「はあ? なんで知らないんだよ。昭和のヒットソングだぞ」


「昭和って、俺、まだ生まれてませんよ。兄さんだってそうじゃないですか。どうして知っているんですか」


「あのな、牡丹。名曲っていうのは、いつの時代でも通用するから名曲なんだよ。

 デュエット曲なのに、一人で歌うのもなあ」



 ぶつぶつと愚痴を溢し、口を尖らせる梅吉に。横からひょいと菖蒲が手を挙げた。



「兄さん。僕でよければ、お相手しましょうか?」


「えっ。菖蒲が歌うの? ていうか、菖蒲は知ってるのか?」


「はい。もちろん知ってますよ」



 さらりと返す彼に意表を突かれる牡丹だが、しかし。曲が流れ出すと、その口はますます大きく開かれていく。


 歌が終わり、ぱちぱちと拍手の音が鳴り響く傍ら。



「バッチリだったぜ、菖蒲!」



 梅吉が褒めると、菖蒲は、

「恐縮です」

と、軽く頭を下げた。



「さてと。お次はどうするかなー」


「おい、夜も遅いんだ。いい加減、お開きにして寝ろ。明日は朝も早いんだぞ」


「なんだよ、せっかく盛り上がってきた所なのに。仕方がねえなあ。

 そんじゃあ、最後に一曲だけ。可愛い妹のためと言ったら、やっぱりこれだろう」



 梅吉は、ゆっくりと息を吸い込むと吐き出させ。それからにたりと、隙間から白い歯を覗かせていき。



「想い出がいっぱい――!」

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