9.
部活があるため、学校へと行っていた牡丹だが、しかし。帰って来るなり、ぐったりとした面持ちでそのままソファへと寝転がる。
そんな牡丹の不審な様子に、藤助は心配げな瞳を揺らす。
「大丈夫? 随分疲れてるみたいだけど、何かあったの?」
「それが、学校に行ったらクラスのやつ等が待ち構えていて。菊のことや定光のことを根掘り葉掘り聞かれて、部活所ではなかったんですよ」
「ああ」
そういうことかと簡単に納得でき、同じような立場に置かれていた藤助は、薄らとだが同情を寄せる。
牡丹は、相変わらず気怠そうに声を絞り出す。
「部活よりも、そっちの対応に疲れましたよ。とにかく、みんなしつこくて。菊は本当に結婚するのかとか、式はいつ挙げるんだとか。俺の方が知りたいですよ」
「ははっ、それは災難だったね。
あっ、そう、そう。萩くんが心配してくれてたよ」
「えー、萩が? アイツが俺の心配なんてする訳ないじゃないですか」
胡散臭げな顔をさせる牡丹に、藤助はくすりと笑みを漏らし、
「揃いも揃って、素直じゃないんだから」
と、呆れた声で言う。
「そんなこと。ていうか、兄さんはどこで萩と会ったんですか?」
「どこって、バイト先だよ」
「バイト先? ああ。アイツ、兄さんと同じ喫茶店でバイトしてたんだっけ。すっかり忘れてたや」
「そう言えば萩くん、病み上がりなのか、随分疲れてたな。まだちゃんと風邪が治ってないのかも。時間があれば、様子を見に行ってあげれば?」
藤助がそう提案するが、牡丹は面倒そうに、
「菊のことだけで精一杯なのに、アイツの面倒まで見てられませんよ」
むすうと口先を尖らせる牡丹に、本当に仕方がないと。藤助は乾いた息を吐き出させる。
そんな兄の生温かい目を、牡丹は避けると菖蒲へと視線を向ける。
「所で、菖蒲。収穫はあったか?」
「そうですね。元々朱雀家は金融業を中心に運営していたようで、定光の父親でもある景梧氏が彼の代だけで没落寸前だった朱雀家を立て直させ。且つ鳳凰家に婿入りしたことによってその地位を絶対的なものへと確立させたと、天羽さんから聞いた通りで。そして、定光も芸能活動をしている傍ら、いくつか子会社の運営も任されていたようです。
あの緊急会見以降、続報はまだ発表されてはおりません。残念ながら、これといった目新しい情報は……」
淡々と菖蒲から報告を受けるが、一番知りたいことは結局分からずじまいのままだ。
その上。
「定光のやつ、芸能活動だけじゃなく、会社の運営までやってたなんて」
なんだかすごい相手を敵に回してしまったと、牡丹は今更ながら実感が湧き始め。
本当にどうにかできるのだろうかと、不安ばかりが募っていった。
✳︎
それから、数日が経過するものの。特に発展は見られず――……。
けれど、ホテル生活にも大分慣れ。夕食後、部屋で寛いでいた牡丹等だが、藤助がふと時計を眺め、
「あれ、牡丹。見たい番組があるんじゃなかったっけ?」
「あっ、そうでした。『必殺遊び人・年忘れスペシャル』があるんだった」
もう少しで見逃してしまう所だったと、兄に感謝する傍ら、牡丹はテレビの電源を付ける。チャンネルを合わせると、丁度オープニングが始まったばかりであった。
そわそわと己の意思とは無関係に自然と肩を小刻みに揺らしていた牡丹だが、彼の目の前でいきなりぱっと画面が切り替わってしまう。
「へ……? あれ、なに、これ。えっと、緊急特番って……」
あまりの脈絡のなさに呆然とすることしかできない牡丹の後ろから、ひょいと藤助達も画面を覗き込む。覗き込むなり、彼等は揃って目を瞠らせ。
「定光が、動き出した――……」
画面のテロップと映し出された人物に、彼等は口を堅く結ばせる。ただ流れ続ける映像に見入る。
ある程度状況が呑み込めると、牡丹が口を開く。
「やっぱりアイツ、自分の誕生日に入籍する気なんだ」
「挙式の後に入籍だと? 随分と悠長に構えているな。俺達も随分と舐められたもんだ」
「明日なんて、いくらなんでも急過ぎるよ! しかも、式に俺達を招待してくれないなんて」
「端から期待はしていませんでしたが」
引き続きテレビの画面を見続けるが、それ以上の情報を得ることはできない。その場には、鬱蒼とした空気が流れ出す。
けれど、それを引き裂くよう、突如、
「たっだいまー!」
と、間の抜けた声が響き渡った。
「いやあ、さすがに疲れたなあ。これ、東京土産だぞー……って、おい、おい。なんだよ、この辛気臭い雰囲気は」
「梅吉――!?」
部屋に入って来るなり能天気にもソファへと座り込む梅吉に、藤助は食い付く。
「こんな大事な時に、今までどこに行ってたんだよ!」
「どこって、情報収集だよ、情報収集」
「情報収集だって?」
「ああ」
ほれと、梅吉がA4サイズほどの封筒をテーブルの上に投げ置くと、藤助は早速中身を取り出す。
「これってもしかして、菊と定光の挙式会場のパンフレット……!? それに、会場の見取り図まで。
こんな情報、一体どうやって……」
「残念ながら、それは教えられないねえ。企業秘密だからな。
いやあ、体を張った甲斐があったよ」
梅吉は、けらけらと得意気に笑い出す。
その面を残したまま、彼はゆっくりと口を開かせていき、
「時間がないんだ。早速作戦会議といこうぜ」
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