4.

「ホテルはホテルでも高級ホテルですか」


「それに、この部屋って、スイートルームかな?」



 夢心地の気分で広々とした室内を見回している一同に、陽斗はしれっとした顔で、

「いえ、VIPルームです」


「ぶっ!? びっ、VIPルームだって……!?」



 ぐわんぐわんと揺れる頭をそのままに、もう一度室内を見回すと、藤助は、がたがたと微弱ながらも震え出す。


 そんな藤助同様、いつまでもその場に突っ立ったままの牡丹達とは異なり、道松だけは近場のソファへと腰を下ろす。



「みなさんも、どうぞ寛いでください。何も遠慮することはありませんよ。ここは豊島グループが経営しているホテルですから」


「そんなこと言われても……」


「この一室だけでも、十分ウチより広くて立派なんですけど」


「前の家はそのまま定光にくれてやって、いっそのこと、もうここに住んじゃわないか?」


「ちょっと、梅吉ってば! 馬鹿なこと言わないでよ」


「なんだよ、冗談に決まってるだろう」


「梅吉が言うと全然冗談に聞こえないよ!」




 閑話休題。




 むすりと眉間に皺を寄せた藤助を余所に、取り敢えずとばかり牡丹達も浮足立たせたままソファに座る。それを確認すると、陽斗は淡々と口を動かす。



「えー、改めましてご挨拶させていただきます。これからしばらくの間お世話になります、豊島家・道松様専属秘書候補の上野陽斗です。それから複数のお世話係に、豊島家専属のボディーガードも付けていますので、みなさまご安心してお過ごしください」


「あのー……。俺達、いくら道松と半分だけ血が繋がっているとは言え、豊島家の人間ではないんだけど……」


「藤助様ってば、そんな気になさらずとも大丈夫ですよ。道松様のご兄弟方の面倒も見るよう、旦那様からもこと使われていますので。

 ちなみに当ホテルにいる間、食事など直接ホテルのサービスをご利用いただいても構いませんし、我々を呼び付けてくださっても結構です。なんでも受け賜りますので、なんなりとお申し付けください。

 では、今夜はお疲れでしょうから、この辺りで失礼しますね。我々は常に隣の部屋で待機していますので、何かありましたらお声かけ下さい」



 必要事項だけ述べると、陽斗と数人のスーツに身を包んだ男達は、ぞろぞろと部屋から出て行くが、なかなか隣の部屋には辿り着かないのか、長い廊下をいつまでも歩いていた。


 ようやくとばかりその姿が見えなくなると、牡丹達は中へと戻り。相談の結果、今日の所はもう休むことにして。それぞれベッドの置かれてある部屋へ適当に分かれ、すぐにも眠りに就こうとする。


 が、とある部屋だけは、未だ灯りが点けられたまま。その光の下、藤助は一息吐くと机の上を片付け、最後にぱたんと救急箱の蓋を閉める。



「はい、これで大丈夫だよ」


「ああ、悪かったな」



 道松は包帯の巻かれた手を軽く動かすと、羽織っていたカーディガンを脱ぎ。それを乱雑に椅子の背にかけ、重たい足取りで布団の中へと入る。


 そのまま枕に頭を預けさせ、

「お前も、もう寝ろよ」

 そう言って背を向けるが、いつまで経っても居座り続けている藤助に、道松は気怠げに起き上がる。



「ったく、またお前は……。

 なんだよ、そうやっていじけるくらいなら、意地でもじいさんに付いて行けば良かっただろう」


「だって……。天羽さんが、『頼む』って。『みんなのこと、頼む』って、そう言ったから……」



 刹那、藤助の瞳から、ぽろぽろと雫が零れ出す。


 その行方を道松に見守られる中、藤助は乱暴に目元を擦る。



「なんで、どうして……。俺、裏切っちゃったのに。天羽さんのこと、裏切っちゃったのに、なのに。どうしてそんな大事なことを……」


「裏切った? ああ、あのことか。でも、あれは馬鹿に唆されたからだろう」



 馬鹿は次男のことであり、数週間前の睡眠薬事件を思い返しながら。道松は、相変わらずの態度で自分の頭を掻き毟る。


 けれど、一方の藤助は道松の意図とは反対に、首を左右に振り回す。



「……違うよ、違う。俺なら上手くやれるって、そう思ったからやったんだ。

 だけど、天羽さんには見透かされていたし、その上、赤の他人なのに。養父でもなんでもないのに、みっともないくらい縋り付いて……。

 あの人のためなら、なんでもできると思ってた。あの人のことは、なんでも知ってると思ってた。それなのに、本当の名前さえ知らなかったなんて。ははっ、笑っちゃうよね。何年も同じ屋根の下で暮らしてたのに。ずっと傍にいたのに。

 ……全部、全部、無駄になっちゃったや……」



 ぐすぐすと耳を掠める嗚咽に、道松は一つ乾いた息を吐き出さす。それから、彼の方へと手を伸ばす。



「いいから今日はもう寝ろ。話なら明日聞いてやるから」



「早く寝ろ」と繰り返させると、道松は藤助の頭に手を乗せ。ぐしゃぐしゃと柔らかな髪の毛を、乱暴に掻き回した。

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