2.
日はとっぷりと暮れ。夕食も終え、一段落着いている天正家にて――……。
台所で、がしがしと。やや乱暴に水気の残る頭をタオルで拭きながら、牡丹は、ふんふんと鼻歌を口遊む。
冷蔵庫の中から流れ出て来る冷気に、心地良さを感じる一方。次第に首は傾いていく。
「あれえ、アイスないなあ。テレビのシーエムを見たら、無性に食べたくなっちゃったのに……っと、あった、あった。最後の一つだ」
「ラッキー」と単純にも牡丹は冷凍庫の隅の方から見つけ出したアイスを手に、すっかり上機嫌だ。ソファへに深く腰をかけると、早速とばかりカップの蓋を開け。まだ薄らとだが凍っている表面にスプーンを入れて、そろそろと、口元へと運んでいき――。
「うん、うまい! チーズケーキ味なんて初めて食べたけど、なかなかうまいな。やっぱり風呂上りのアイスは最高だよなあ。
でも、藤助兄さんにしては珍しいな。単価の高いカップアイスを買って来るなんて」
通常の藤助ならお買い得用のアイスばかりなのにと、気にはかかったものの。それはすぐにも舌先から伝わって来る甘美によって、簡単にも消え去ってしまう。
もう一口と、スプーンを口に運んだ瞬間。けれど、突然、牡丹の頭に鈍い衝撃が降ってきた。
その痛みに悶絶しながらも振り返ると、そこには鬼の形相をした菊の姿があった。右手には、おそらく牡丹の頭部を殴った凶器だと思われる雑誌を丸めて持っている。
「おい、いきなり何するんだよ!」
「アンタが人のものを勝手に食べるからでしょう、この泥棒!」
「えっ? でも、名前なんてどこにも書いてなかったぞ」
牡丹は手にしていたカップと、その蓋まで。ぐるりと見回すが、やはりそれらしいものはどこにもないと、怪訝な面を浮かばせる。
天正家ルール・冷蔵庫にものを入れる際は、名前を書くこと――を思い返しながら。もう一度見直すが、やはり見つからない。
「なんだよ、やっぱりどこにも書いてないじゃないか。名前の書いてないものは、誰のものでもない。早い者勝ちだってルールだろう」
「すぐに食べるつもりだったから書かなかったのよ。それは私が買って来たアイスよ、いいから早く返しなさいよ!」
牡丹が正論を述べているにも関わらず、それでも菊は聞く耳を持たない。ばしばしと、丸めた雑誌で牡丹を叩く。
そんな妹からの攻撃に、牡丹は腕で庇うがあまり効果はない。
「いたっ、いたたっ。分かったよ、分かった。返せばいいんだろう、返せば。返すから、ほら」
せっかく些細な幸福に浸っていたのにと、不満が残るものの。牡丹は名残惜しくもカップを菊に向けて差し出すが、すぐにまた鈍い衝撃が襲いかかる。
「おい、何をするんだよ! 痛いじゃないか」
「アンタの食べかけなんて、汚くて食べられる訳ないでしょう!」
「汚いって……。悪かったな、汚くて! 大体、返せって言い出したのはそっちじゃないか。明日、買って来るから。それでいいだろう」
「何言ってるのよ。今すぐ買って来なさいよ」
「えー、せっかく風呂に入ったのに。外に出るなんて」
「アンタの事情なんて知らないわよ。いいから早く買って来なさいよ!」
ぶつぶつと反論を述べる牡丹に、問答無用とばかり。菊は引き続き、牡丹のことを叩きまくる。
成す術もなくただ叩かれていると、不意に外側から扉が開き、
「お風呂って、今、誰か入ってる? ……って、あははっ。何をしているのかよく分からないけど、本当に二人は仲が良いね。新しい遊び?」
「これのどこが仲の良いように見えるんですか!? 一方的に俺が叩かれてるだけなんですけど」
相変わらず能天気な三男に、牡丹は必死になって訴えた。
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