4.
その後も、紅葉と二人で館内を歩き回り。適当に、世間話を交えながら順路通りに進んで行った。
時間は、あっという間に過ぎ去って、
「あーっ、今日は楽しかったなあ」
館内から出るなり、竹郎は夕焼け色に染まっている空に向かって腕を大きく伸ばした。
「甲斐さん、どうだった?」
「はい、とっても楽しかったです! 今日は本当にありがとうございました」
「いえ、いえ。ここのチケットも、どうせもらいものだしさ」
口先ではそう言うが、竹郎はなんだかんだ得意気だ。満更でもない面を浮かばせている。
そんなすっかり自惚れている今回の首謀者に、俺はこそっと近付き。彼の耳元でそっと訊ねる。
「なあ、竹郎。お前、菊とはどんな話をしたんだ?」
「なんだ、気になるのか?」
「気になるっていうか……。よくアイツと会話が成立するなと思ってさ。俺なんか二言目には悪口しか言われないぞ」
「そうだなあ。
……秘密」
「はあ?」
「知りたければ妹に訊いてくれよ」
「なんだよ、それ」
菊に訊いた所で、教えてくれる訳ないじゃないか。
竹郎だって分かっているくせに。俺は軽く竹郎を睨み付けるが、当の本人は一切気にしていない。
その場は、気付けば解散の流れとなり、
「それじゃあ、俺達はこっちだから。行こうか、甲斐さん」
「はい。あっ、あの、牡丹さん。本当にありがとうございました。
菊ちゃんも付き合ってくれてありがとう」
紅葉は礼を言うと、竹郎の隣に並んで歩いて行く。
俺と菊はその背中を見送ってから、
「さてと。俺達も帰るか……って、おい、菊。なんでそんな所に座り込んでるんだよ?」
脇を向くと、いつの間にか隣に立っていた菊がその場に座り込んでいた。早く帰るぞと促すが、一向に立ち上がる気配を見せない。
俺はもう一度、声をかけるが、あれ、この感じ。確か、前にも一度……。
「菊。お前、まさか……」
「……うるさいわね。先に帰りなさいよ」
返って来た声は、酷く低い声音だ。菊は手短にそれだけ言うと、じろりと俺を下から睨み付ける。だが、その瞳にはいつものような鋭さは宿っていない。蒼白い顔が、ますますその刃を鈍らせた。
「お前なあ、どうして言わなかったんだよ。その……、いつものなんだろう? 無理しないで、おとなしく家で寝てれば良かったのに」
「うるさいって言ってるでしょう! 大体、誰のせいだと思ってるのよ」
「誰のせいって……」
そんなこと、俺に言われても。
お前のそんな事情なんて知る訳ないだろう、なんて。今にもぶっ倒れそうな妹に言える訳がない。
仕方がない。
俺は一つ息を吐き出すと、
「ほら、乗れよ」
「……はあ?」
「いいから乗れよ。負ぶってやるから」
「どうして私がアンタなんかに負ぶられないとならないのよ!」
「こんな時まで意地張るなよ。歩けないんだろう? いいから早くしろよ」
俺は菊の前にしゃがんで促すが、だからと言って彼女が素直に応じる訳がない。
だが、じれったさに耐え切れず、俺は菊の腕を掴むとそのまま引っ張り、彼女の体を自分の背中に預かせ、よろよろと覚束ないながらもその場に立ち上がった。
うっ、重っ……!? 嘘だろう。女の子って、こんなに重たいものなのか? 桜文兄さん、よくあんなに軽々と運べるよな。
俺はずるずると重力に従い下がっていきそうな菊の体を、それでもどうにか負ぶって歩く。
ったく、具合が悪いのに無理して来るなんて。なんだよ、あんなに嫌がっていたけど、本当は水族館に行きたかったのか?
……ちょっとは可愛い所もあるんだな。
なんて、思ったのも束の間。
「……でも……」
「ん……? どうした、菊?」
「……どさくさに紛れて、ちょっとでも変な所を触ったら……。絶対に……、絶対に許さないからっ……」
「なっ……、そんなことする訳ないだろうっ!!」
息を切れ切れに必死な声で吐き出されたのは、思いも寄らぬ……、いや、彼女らしい一言ではあったが。どこまで信用されていないんだと、どこまで疑り深いんだと。
沸々と根底から怒りが込み上げ、そして。
やっぱり可愛くないっ――!!!
夕焼け空の下、俺はそう叫ばずにはいられなかった。
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