7.

 道松兄さんと梅吉兄さんが手錠で繋がれてから、三日目――。



「もう直ぐ天羽さんが帰って来るんだから。おとなしく待っていなよ」

と、そわそわとしている二人を、藤助兄さんが宥める。



「あのなあっ! 一秒でも早くこの手錠を外したいんだよ! いい加減、俺は解放されたいんだよーっ!!」



 すっかりストレスが溜まっているのか、梅吉兄さんは声を荒げ喚き散らす。


 いつまでも兄さんが喚いていると、その声を掻き消すよう。不意にピンポーンと、チャイムの音が部屋中に鳴り響いた。



「おっ、じいさんが帰って来たかっ!?」



 道松兄さんと梅吉兄さんは同時に立ち上がると、どたばたと慌しい足取りで玄関へと向かう。


 だけど、数分後、沈んだ顔で、なぜか段ボールを持って戻って来た。



「……芒、ほら。お前宛ての荷物だ」


「えっ、僕? あっ。この前懸賞に応募した、お菓子の詰め合わせだ!」


「さすが芒。また当選したのか」



 きゃっきゃ、きゃっきゃと燥いでいる芒を後目に、兄さん達は言い表しようのない脱力感に襲われている。



「なんだよ、じいさんかと思ったのに。浮かれ損かよ。紛らわしいなあ」


「天羽さんなら、わざわざチャイムを鳴らさないんじゃないですか? 自分の家なんですから」


「それもそうだな」



 期待が外れ、がくりと肩を落としながらも二人が納得した矢先。玄関の戸が開かれる音が聞こえて来た。



「今度こそ、じいさんかっ!?」


「じいさーん!

 ……って。なんだ、桜文かよ」


「ただいまー……って、二人してどうしたんだ? 手錠で手を繋いだりして。ははっ、警察ごっこでもしてるのか?」


「うるせえっ! 高校生にもなって、なんでそんな遊びをしないとならないんだよ!」


「何をそんなに怒ってるんだ? せっかくお土産を買って来たのに、食べないのか?」


「食うよ。食べる、食べる! でも、今はそれよりも。じいさんはまだ帰って来ないのかよ……」



 二人は桜文兄さんが買って来た群馬県土産の饅頭にも目をくれず、げっそりとした面でソファへと項垂れる。


 すると、またしても扉の開く音が響いて来たが、

「はい、はい。次は誰だあ? 菖蒲か、それとも菊か?」

 投げやりな兄さん達だったが、

「あっ、天羽さん! おかえりなさい」

「なに、じいさんだと!?」

 藤助兄さんの声に、二人は一斉に飛び上がり、

「じいさーんっ!」


「ん……? おお、道松に梅吉か。お前達は相変わらず騒がしいな」


「んな挨拶なんかどうでもいいから、鍵だ、鍵! 早く、かぎーっ!!」


「ぼさっとしてないで、さっさと鍵を出してくれ!」


「ちょっと、二人とも! 天羽さんは帰って来たばかりなんだから……」



 頬を膨らませている藤助兄さんを一切気に留めることもなく、二人は扉の隙間から現れた人物へと飛び付いた。そして、梅吉兄さんが彼の手から奪うようにして鍵を手にすると、即座に鍵穴へと差し込む。


 刹那、ガチャンッ――! と、甲高い音が部屋中に鳴り響いた。



「やった、やったぞ……。これでようやく解放された……。

 うおーっ、俺は自由だーっ!!」


「ったく、馬鹿のせいで散々だったぜ。うわっ、手首が痣だらけじゃねえかよ」


「もう、二人して。済みません、天羽さん。疲れているのに」


「いや、構わないよ。この声を聞くと、帰って来たんだなって実感が湧くな」


「あ、あの……」


「ん? ああ、牡丹か。久し振り。あの時、会ったきりだったね」


「はい……」



 ようやくリビングへと顔を見せた一人の男に、気付けば俺はその場に立ち上がり。じっと、真っ直ぐに彼を見つめ返した。


 この人が、親父へと繋がる手がかりを持った唯一の人であり、天正家の大黒柱――天羽さん。


 彼とは数か月前に会ったきりだが、やはりその程度の月日ではちっとも変わってはいない。年頃は三十代半ばほどで背が高く、すらりとした体型をしていて。すっきりとした顔立ちに、その身は清潔感に溢れている。


 兄さん達は彼のことを揃って“じいさん”などと呼ぶけど、とても八人も――、ましてや高校に進学している子供を抱えているようには見えない(実際に血の繋がりは全くないのだが)。その愛称はとても不釣り合いだと、俺は本人を前にして改めて思う。


 この人が、俺をここへと導いた人――……。


 なんだか奇妙な緊張感に見舞われる中、俺はその理由もろくに分からないまま。ただ自然と込み上げてきた生唾を、ごくりと慎重に呑み込んだ。

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