第10戦:俺と異母妹がWデートする件について

1.

 この人が、親父へと繋がる手がかりを持った唯一の人であり、俺をここへと導いた人、天正天羽――……。


 数カ月ぶりに再会したその男は、自分の記憶上とほぼ同じ容姿をしていて代わり映えしなく。なのに、懐かしさよりも新鮮さの方が勝っていた。いや、数えられる程度しか会ったことがないのだから、それもそのはずなのに。なんだかおかしいと、俺は感じずにはいられない。


 この瞬間をずっと待ち望んでいたはずなのに、しかし。今の俺の内側を支配しているのは畏怖のような、恐怖のような。負を連想させるものばかりであった。


 天羽さんの浮かべている屈託のない笑みが、ますます俺を何故かそんな心理へと追い詰める。


 いつまでも二の句を告げずに、俺は無意味にも唇を震わせるばかりで。だけど、そんな俺を置き去りに、先に火蓋を切ったのは天羽さんの方だった。



「どうだい、ここでの暮らしは。もう慣れたかな?」


「えっと、そうですね。慣れたと言えば慣れたような、慣れないような……」


「ははっ。ウチの子達は、みんな一癖あるからな。なに、ゆっくりで構わないよ」



 口の中を乾かせたまま、俺はどうにか質問に答える。そんな俺に、

「少しずつ慣れていけばいい」

と、天羽は至極穏やかな声で続けさせる。だけど、その声音には、一点の曇りも感じられず。それが俺には反って気にかかった。


 だけど、その遣り取りが潤滑剤にでもなったのか。俺は薄らと口を開きかけるがその矢先。俺の脇から、ひょいと芒が顔を覗かせた。



「あっ、おじいちゃんだ。おじいちゃーん!」



 天羽さんの帰宅が余程嬉しいのか。芒は声を上げながら彼の元に駆け寄ると、そのままぴょんと飛び付いた。


 弟の無邪気な行動に、俺はつい呆気に取られ。出しかけていた言葉は呑み込まざるを得なくなる。



「ははっ、芒も相変わらずだ。しばらく見ない間に、また大きくなったんじゃないか?」


「うん! あのね、背が三センチ伸びたんだよ!」


「そうか、そうか」


「もう、芒ってば。天羽さんは疲れているんだから」


「なに、大丈夫だよ、藤助。これくらい平気さ」


「本当に済みません。あっ。夕食ができるまで、もう少し時間がかかるんですけど、どうします? お腹は空いてますか?」


「そうだなあ。飛行機の中ではろくに食べてないからな」


「できるまでの間、ビールでも飲みますか? おつまみならすぐに用意できますよ」


「それじゃあ、お言葉に甘えて。一杯いただこうかな」



 藤助兄さんは台所へと下がり、缶ビールとつまみを持って戻って来た。


 ビールを受け取るなり天羽さんは膝の上に芒を乗せたまま、ぐびぐびと口を付け。そして、唇から缶から離すなり、「ぷはぁ!」と軽く声を上げた。



「なんだよ、じいさんってば。年寄り臭いなあ」


「なに。大人になったら、梅吉にだって嫌でも分かるさ。この気持ちが」


「はい、はい。年寄り扱いして悪かったよ」



 その後も話題が尽きることはなく、天羽さんを囲むよう次々に会話が展開される。和気藹々とした様子に、俺の先程までの決意などすっかり消え去ってしまう。


 特に何もすることのない俺は、ぽつんと一人ソファに座り。夕食の準備が整うのを適当にテレビを眺めながら、ただひたすらに待ち続けた。

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