第9戦:長男と次男が手錠で繋がってなんとも傍迷惑な件について

1.

 事件の発端は、本当に些細な出来事、出来心から始まった。


 ピンポーンと甲高いチャイムの音が、まるで試合の開始を告げるホイッスルの音であるかのように。天正家のリビングに静かに響き渡った。


 その音に居合わせていた俺と道松兄さんに梅吉兄さん、それから奥の台所で夕飯作りに勤しんでいた藤助兄さんはふと顔を上げた。



「誰だろう、こんな時間に」


「俺、出ますよ」



 俺はソファから立ち上がると部屋を出て、玄関の扉を開ける。すると、目の前に立っていたのは、宅配業者であった。


 俺は大きめの段ボール箱を受け取ると、それを抱えリビングへと引き返した。



「あの、荷物が届いたんですけど。それも、海外からです」


「海外だって? ああ、きっと天羽さんの荷物だよ。そろそろ出張から帰って来るから」


「なんだ、じいさんの荷物か。中身はお土産か?」


「さあ?」


「どうなんでしょうね」と、返すより先に。梅吉兄さんは、鼻歌混じりに段ボールの封を切っていく。



「おっ土産、おっ土産……って、なんだ。じいさんの私物だけかよ」



 期待とは掛け離れた光景に、梅吉兄さんは酷く肩を落とした。


 落ち込んでいる兄さんの横から、ひょいと俺も中を覗き込むが。



「あの、なんだか物騒なものが入ってるような気がするのですが……」



 箱の中には何丁ものハンドガンに迷彩柄の衣服、それから無線機にゴーグルなどが入っていた。


 梅吉兄さんは、じいさんはサバイバルゲームが趣味だからなと教えてくれる。 



「しかし、いくら好きだからって、わざわざ出張先にまで持って行ってやるかよ……。

 おっ、なんか面白そうなものが色々と入ってるな」


「ちょっと、梅吉。その荷物、天羽さんの私物だったんだろう? 勝手にいじるなよ」


「へい、へい、分かってるって。へえ、手錠まであるぜ。じいさん、凝り性な上に本格派だからなあ」



 それを手にすると梅吉兄さんは、ソファに座って雑誌を読んでいる道松兄さんをちらりと眺める。


 にっと、自然とつり上がった頬をそのままに、

「えー、天正道松容疑者。長男だからっていつも偉そうにしている罪で、現行犯で逮捕する!」

 そう言うと道松兄さんの左手に、ガチャンッと手錠をはめた。



「……なーんちゃって。

 おー、結構爽快だな。この、ガチャンッ! って音がさ」


「おい、いきなり何をするんだ。なんだよ、これ。手錠か?」


「えー、本官はこれより、道松容疑者を本署まで連行するであります」


「何を馬鹿なことを言ってるんだ。それなら、お前の方が迷惑罪で逮捕だ」



 道松兄さんはすっかり警官になりきってる梅吉兄さんよ手から手錠を奪い取ると、もう片方の穴に彼の右手をはめる。



「あっ、この! なにするんだ。容疑者が反抗するんじゃない」


「誰が容疑者だ、いい加減にしろ!

 ったく。これ以上、この馬鹿に付き合ってられるか。早く外せ!」


「へっ、それはこっちの台詞だ。なーんでお前に逮捕されないといけないんだよ。

 おい、牡丹。鍵を取ってくれ」


「はい、はい。分かりました。仕方ないなあ……って、あれ? 見当たらないな……」


「ははっ、牡丹ってば。脅かすなよ。そんな訳ないだろう」


「そんなこと言われても。本当に見当たりませんよ」


「……は? ない訳ないだろう。本体があって鍵がないなんて、そんなこと……」



 口先では強がるが、いつまでも鍵を探し続けている俺に、二人の顔は見る見る内に蒼褪めていく。


 梅吉兄さんが床にばら撒いた段ボールの中身を、三人で丁寧に掻き分けていく。


 だが、お目当ての鍵はなかなか見つからない。



「ない……、ない、ないっ! やっぱりどこにもないぞ!」


「おい、藤助。じいさんに電話だ!」


「えっ、電話って?」


「だから、手錠の鍵がどこにもないんだよ!」



 兄さん達は息を揃え、それぞれ手錠のかけられた手を藤助兄さんへ一斉に掲げて見せる。


 藤助兄さんの目は、ぎょっと丸くなる。



「はあ!? ちょっと、何やってるの。もう、仕方ないなあ。ちょっと待って。

 えっと、今、日本が夜の七時だから、ニューヨークは朝の六時か。そんなに朝早く、まだ寝てるかもしれないぞ?」


「いいから、とにかく早くかけろ!」



 やんや、やんやと二人に急き立てられる中。藤助兄さんは、渋々といった調子で電話の子機を手に持つ。


 数回のコール音の後、電話は無事繋がったみたいで、藤助兄さんは天羽さんと話し込む。


 だけど、それを、

「おい、藤助。早く用件を言え」

 催促する梅吉兄さんに、

「もう、分かってるって」

と、藤助兄さんは口先を尖らせる。


 藤助兄さんが電話を切るなり、道松兄さんと梅吉兄さんは身を乗り出す。



「おい、藤助。鍵はどこにあるって!?」


「もう、少しは落ち着いてよ」


「これが落ち着いてられるかっ! それで、どうなんだ?」


「それが鍵だけ送り忘れて、天羽さんの手元にあるって」


「……はあ? それって、つまり……」


「うん。天羽さんが帰って来るまで、当分の間、二人はそのままってことだな」



 道松兄さんと梅吉兄さんは、ちらりと互いの顔を見合わせ。数秒の間を置いてから、

「はあーっ!??」

「ふざけるなよっ!」

と、一斉に怒声を上げた。

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