5.

「百人組手なんて、絶対に無理ですよー……」


「おい、おい。やる前から簡単に諦めるな。

 いいか、牡丹。ものは考えようだ。一秒でも長く画面に映っていた方が、親父の目に留まる可能性も高まるだろう」


「それはそうですが、でも」


「それに、ほら……」


「牡丹お兄ちゃん……!」


「牡丹……!」


「ひっ!? 芒に、藤助兄さん」


「あの目を見ながら、同じことが言えるのか?」



 芒と藤助兄さんは、純粋無垢な瞳でじっと俺を見つめてくる。


 やるしかない。


 俺は意を決すると、重たい足を引きずるようにしてステージへと上がって行った。



「ルールは簡単。一人ずつ挑戦者に向かって攻撃していくので、竹刀で相手の体のどこでもいいので当ててください。竹刀の先端には赤いインクが付いているので、当たったかどうかの目印となります。また、挑戦者は一度でも攻撃を受けたらその場で失格、チャレンジ失敗となります。

 それでは、天正家の最後のチャレンジ、」



「スタートです!」という声とともに、早速一人目の刺客が俺目がけて突っ込んで来る。


 俺は竹刀を握り締め、相手の左肩目がけ思い切り突いた。すると、敵の着ていたシャツの肩の部分に赤い染みができると同時、次の刺客が間髪入れずに飛び出して来る。勢いを殺さぬまま、敵の手元を打ち払い、竹刀諸共大きく弾き飛ばした。


 天正家並びに番組のスタッフや観覧者達に見守られる中、俺はペースを崩さぬよう、なるべく手短に敵の肢体に竹刀を当てていく。



「……四十八、四十九、よし、五十! あと半分だぞ、牡丹!」


「はあ、はあっ……」


「牡丹お兄ちゃん、頑張れー!」


「頑張れ、牡丹! お前ならできる!」



 できるって、そう簡単に言われても……。


 正直、いや、かなりきつい。敵の数も過半数を切るものの、まだ半分だ。


 額から浮かんでは流れ出る汗を手の甲で拭いながらも、俺は倒しては次々と襲いかかって来る敵と対峙し続ける。



「八十三、八十四、八十五、八十六……、」


「おい、ちょっとまずくないか?」


「うん。さすがに始めの頃に比べて、大分ペースが落ちてきてるよね」


「……八十九、九十! 牡丹、あと十人だぞ!」



 疲労に疲労が溜まって、俺の息は切れ。頭はちっとも働かない。ただ目の前に現れた敵を機械的に処理している。


 だけど、振る腕に力は入らなくなって、足はよろよろと覚束ない。



「牡丹お兄ちゃん、頑張れー!!」


「九十四、九十五……、ああっ、あと五人なのに……!」


「牡丹のやつ、さすがに限界そうだぞ」


「もう見ていられないよ。ああっ、夢のサイクロン掃除機が……!」


「新品の射撃コート……!」


「釣り道具セット、欲しかったなあ」


「ノートパソコン、自腹で買いますか……」


「俺だってプロジェクターを手に入れて、ホームシアターを満喫する予定が……! 

 せっかくここまで扱ぎ付けたんだ。諦められるかよ……って、ん……、そうだっ!」



「ぼたーんっ!!」と、梅吉兄さんの一際大きな声が俺の鼓膜を震わせた。


 兄さんは、続けて、

「あーっ! あんな所に、俺達の親父がーっ!!」

と、とある方向を指差して叫ぶ。


 刹那――。


 俺の中で大きく脈打ち。ぶるぶると、微弱にも肩が震え出す。



「なっ……、ななっ……、親父って……。ふっふっふっ……、この時をどんなに待ち望んでいたことか……。

 今までの恨み、全てこの場で晴らしてやるぜ、馬鹿親父――!!」



 気付いた時には、俺一人だけが立っていて。スタジオはしんと静まり返っていた。


 一拍の間を置き――。



「み……、見事百人斬りを成し遂げました……。

 チャレンジ成功、天正家、賞品獲得です!!」



 そのアナウンスを合図に、パーンッと甲高い音が鳴り響き。頭上から、色とりどりの紙吹雪がひらひらと降って来た。


 天正家の誰もがその紙の雨を被り、喜びに浸っている。だけど、俺はそれ所じゃない。



「はあ、はあ、はっ……。

 ……やじ……、親父……、馬鹿親父はどこだっ!? 隠れてないで、さっさと出て来い!」


「へっ!? ちょっと、牡丹……?」


「どこだ、どこにいる!? 今日という今日こそ、積年の恨みをーっ!!」


「落ち着け、牡丹。さっきのは嘘だ」


「へ……? 嘘って……」


「悪い、悪い。いやあ、お前のやる気を出させようと思ってな。親父の名を出せば復活するんじゃないかと思ったが、予想通り的中だったぜ。おかげで効果抜群だっただろう?」



 へらへらと一切の悪気もなく告げる梅吉兄さんに、俺は返す言葉も浮かばない。全身から力が抜けていく。


 紙吹雪が降り積もる中、俺は一人へなへなと。萎れた花みたく、いつまでもその場に座り込んだ。

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