2.
「えー……、これから第九十二回、天正家・家族会議を開始する」
と、藤助兄さんの喉奥から、酷く低い声音が発せられる。その声のトーンに呼応するよう、室内には重苦しい空気が流れ出した。
藤助兄さんからの突然の緊急収集宣言の元、集まったのは菊と芒を除いた、長男の道松兄さんから六男である俺までの計六人だ。俺達は食卓の自分の席に、それぞれ腰をかけている。
この家族会議とは天正家に何か起こった時に行われ、俺がここに来てからは今回が初めての会議だそうだ。
なんだか重たい空気が流れている……。というよりは、主催者である藤助兄さんから発せられているのだけれど。
ずーんと暗い影を宿している藤助兄さんをちらちらと眺めながら、俺は、
「家族会議なのに、菊と芒は呼ばないんですか?」
と訊ねる。
「ああ。今回の件は、二人抜きで進めたいからな。逆に悟られないよう注意してくれ」
「ふうん。その二人が抜きってことは、それなりの事態ってことか。それで、今回の議題は一体なんだ?」
誰もが気になっている核心に、やはり天正家一の切り込み隊長である梅吉兄さんが、いの一番に声を発した。
藤助兄さんは、じっと机に視線を落として、
「議題は、その……、菊の小遣いについてだ」
「はあ、小遣いだって? なんだよ、唐突だなあ。しかも、どうして“菊”限定なんだよ?」
「それは、紅葉さんに言われたんだよ。その、菊が……」
「ほう、菊がどうした?」
「だから、菊が、その……」
「だから、なんだよ。もったいぶってないで、さっさと言えよ」
「だからあ……。菊が、サイズの合わない下着を無理して使ってるって……」
「……はあ?」
藤助兄さんは、すっかり真っ赤な顔をして。最後の方は尻窄みで、ほとんど空気混じりで辛うじて聞き取れたくらいだ。
全く以って思いも寄らなかった返答に、俺と梅吉兄さんを始め、残りのメンバーも特にこれといった反応ができず。揃って、ぽかんと間抜け面を浮かばせるばかりだ。
「サイズの合わないって……。そりゃあ、なんでまた。新手の苦行か?」
「違うよ、新しい下着を買うお金がないからだろう!
紅葉さんが言ってたんだよ。その、小さいサイズのものを無理に使ってるから苦しそうだって」
「そうだなあ。確かに菊のやつ、高校に入った途端、一段と育っているからなあ。特に胸の辺りが」
「そんなにお小遣いをあげてる訳じゃないからなあ。友達と遊びに出かけたり、筆記用具とかちょっとしたものを買ったりしたら、すぐになくなっちゃうよな。それに、女性ものの下着って無駄に高いし。ブランド物や良品ともなると一枚だけでも軽く万を超えちゃうし、それが何枚もとなれば……」
「なんでそんなに高いんだよお……」と、すっかりキャパオーバーしてしまったのか。藤助兄さんはそのまま前のめりに、最終的には机にごんっと頭をぶつけた。
「今の時期って、一番成長するもんな。しかも、下着だから芒の服みたいに大きくなることを見越して、余裕のあるサイズを買う訳にもいかないし」
「そうだなあ。大きいサイズのブラなんて、ずれて着けられないもんな」
「更衣室で着替える時とか、周りの目だってあるだろうし。その辺のスーパーなんかで売っている安物じゃなくて、菊だって高校生になったんだ。どうせなら可愛いものを着けたいよな。でも、お金がなあ……。
そうだよ、問題はそのお金なんだよ」
「お金なんだよ」と藤助兄さんは、遣る瀬ない声で繰り返す。
「それに、下着だけじゃない。洋服とか化粧品とか。菊はそういうものも全然持ってないよな」
「ああ。服はその辺の値段の安さが売りの店でまとめて買ったようなものばかりだし、化粧品なんて一つも持ってないんじゃないか? 持ってても、精々薬用のリップクリームとか、ハンドクリームくらいだろう」
「あっ。そう言えば、この前。菊が服屋の前で、ずっと飾ってあった服を見ていたのを見かけたことが……」
「なんだって!? 牡丹、それは本当っ!?」
「えっ? ええ、はい。ええと、あれは確か……」
藤助兄さんに、異様な圧力をかけられながらも。俺は、つい数日前のできごとを振り返った。
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