3.

 あれは、三日程前――。


 俺がクラスメイトの竹郎と、駅近くのショッピングモールに出かけた時のことだ。


 竹郎の用事に付き合い、会計中の彼を店の外で待っていると、ふと見覚えのある姿が目に入った。



「なんだ、やっぱり菊か」



 偶然出くわした異母妹に、「おい」と声をかけたが、しかし。俺の姿を目に留めるなり、菊はまるで汚いものを見たみたいに、顔を歪めさせた。



「おい、菊。今、露骨に嫌な顔をしただろう」


「だったら何よ。分かってるなら、話しかけないでよ」


「相変わらず可愛くないな。そういうことしか言えないのかよ。

 それで、こんな所で何をしてるんだよ。お前一人か?」


「アンタには関係ないでしょう」


「こ、このっ……!」



 本当に可愛くないやつ――!


 いつものことさながら、俺は心の中でこっそりと叫ぶ。


 いくら訊ねた所で、教えてくれないことなど最早明白、百も承知。仕方がないから菊の視線の先を追うと、そこは女の子向けのファッションアイテムを扱ったお店で。ショーウィンドウには新作の服がマネキンに着せられ飾ってあった。


 春先ということもあり、白いシャツにふんわりとした生地のスカートなど、窓の向こうは柔らかなパステルカラー調の色合いで染められている。



「ふうん……」


「……なによ」


「いや。もしかして、そこに展示されてある服が欲しいのか? へえ、お前もこういう女の子らしい服に興味があるんだな」


「別に。ただ見てただけよ。それより……」



「気安く話しかけないでって言ってるでしょう!」と、菊は俺のことを睨みながら。またしても、つんと強く言い退けた。



「……なんてことがあったなあって」



 言われて思い出したと、俺は当時のことを語って聞かせる。



「結局、菊は紅葉の買い物に付き合っていたみたいで。紅葉は色々と買ってましたが、アイツは特に何か買っていた様子はなかったですね」


「そっか。やっぱり菊も本当は、もっとおしゃれがしたいんだよな。でも、ウチには充分に着飾らせてあげられる余裕なんて……、そんな余裕……」



 またしても厳しい現実との直面に、藤助兄さんは深い溜息と共に、酷く落胆の色を見せる。


 そんな兄さんを横目に、梅吉兄さんは淡々と、

「あのさ。天羽のじいさんに頼んで工面してもらえないのか?」

と尋ねた。


「せめて菊の下着を買う分くらいはさ。じいさんだったらくれるだろう」


「それは……。ただでさえ俺達は、充分に養ってもらってるんだ。やっぱり、そう簡単には……。

 天羽さんは最終手段だと思ってよ」


「まあ、そうだよな。さすがに頼み辛いか。『妹の下着を買う金が欲しいからくれ』なんて、兄としては情けないよなあ。

 そんじゃあ一つ手っ取り早く、みんなでバイトでもするか?」


「何を言ってるんだよ。お前達は部活があるだろう。しかも、大会を控えてるんだから、ちゃんとそっちに集中しないと」


「それじゃあ、どうするんだよ。他に何か当てでもあるのか?」


「当てというか、やっぱり家計の中で一番削りやすいのは、食費なんだよな。みんなには悪いけど食事の量を少し減らして、浮いた分を菊のお小遣いに回したいと思ってるんだけど……」



 異論はないかと、藤助兄さんが決を採る。ぐるりと周りを見渡せば、誰もが手を挙げていた。



「みんな、ありがとう……! うん、本当にごめんな」


「いえ。別に藤助兄さんが悪い訳じゃないですよ」


「なあに、可愛い妹のためだ。ダイエットだと思って、しばらく我慢するよ」



 そう言うと梅吉兄さんは、藤助兄さんの丸まった背中をばしばしと強く叩いた。その痛みに、藤助兄さんは若干顔を歪ませた。


 こうして、話もすんなりとまとまり。天正家の家族会議は静かに幕を閉じた。


 そして、同時にこれは、波瀾万丈の節約生活の始まりでもあった。

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