2.
空は、すっかり茜色に染まり。
俺は部活で疲れ切った体を引きずりながらも、とろとろと歩き、帰路に着く。
玄関の扉を開け、中に入るがーー。
「うわあっ!? びっくりしたー……。
おい、菊。こんな所で何してるんだよ?」
扉の直ぐ近くで、なぜか菊が座り込んでいた。
飛び跳ねた心臓をそのままに問い掛けるが、菊は何も答えない。その代わり、小さく縮み込むばかりだ。
「菊? おい、どうしたんだよ? ……菊? おいってば!」
「ただいまー……って、牡丹くん、どうかしたの?」
「桜文兄さん! 丁度良い所に。それが、菊が……!」
「菊さんが?」
こてんと首を傾げさせる桜文兄さんだったが、蹲っている菊の姿を目にするなり歩み寄り。そのまま、ひょいと抱き上げた。
「牡丹くん。菊さんなら、大丈夫だから」
桜文兄さんは、にこりと笑みを残すと、菊を抱えたまま階段を上がって行く。
数分後――……。
桜文兄さんだけがリビングに入って来た。
「桜文兄さん! 菊は!? 菊は、大丈夫なんですか? アイツがあんな風になるなんて、尋常じゃないと思うんですけど……!」
「あははっ。牡丹くんが心配するのも分かるけど、でも、大丈夫だよ。えっと、菊さんは、その……」
「その?」
「だから、あの……」
「あの?」
「なあに、心配はいらねえよ。菊ならいつもの生理痛だろう」
「えっ。生理痛? 生理痛って……」
ソファでくつろいでいた梅吉兄さんが、ひょいと横から口を挟んだ。
俺は、すっかり目を点にさせていたんだと思う。梅吉兄さんは、「おい、おい」と、呆れた声を出す。
「何をそんなに驚いてるんだ。菊は女なんだ、何も不思議じゃないだろう。
でも、菊は痛みが酷い方らしいからな。生理が来る度に、いつも寝込んでるよ」
そっか。菊ってよく考えれば……、いや、よく考えなくても、女の子なんだよな……。
なんて、その流れで思わず初めて菊と会った瞬間のことを思い出してしまい。俺はふるふると首を大きく左右に振った。
「ははっ。牡丹くん、菊さんが心配?」
「べっ、別に心配なんか。ただ、あの菊が体調を崩すなんて、おかしいっていうか、変っていうか……」
「うん、そうだね。菊さんは強がりだもんね。
でも、ああ見えて、本当は寂しがり屋で甘えん坊なんだよ」
「えー。あれのどこがですか」
「そうだなあ。菊さんは、演技が上手だから。さすがは演劇部の期待の星だよ。あー……。でも、寝たふりだけは下手なんだよなあ」
「えっと……、寝たふりですか?」
俺が問い返すと、桜文兄さんは、
「そっ。寝たふり」
と、繰り返した。
寝たふりって、寝たふりをする演技なんてあるのか? あっ。白雪姫とか、眠れる森の美女とか?
ううん……。でも、やっぱり寂しがり屋で甘えん坊な菊なんて、全く想像できないや。
あの菊をそんな風に思っているなんて。やっぱり桜文兄さんは、少し変わっている。
もやもやとした気持ちをそのままに、俺は心臓が落ち着いたことを確認すると、一人、ひっそりとリビングを後にした。
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