第1戦:俺に腹違いの兄弟が七人もいた件について
1.
遡るのこと、三十分ほど前――。
俺はとある一件の家を前にして、今にも乗り込んでしまいそうな衝動をどうにか抑えつける。
一体何年、この時を待っただろうか。だが、とうとう、この日がやって来たのだ。昔から、ずっと、ずっと望んでいた、この日がとうとう……!!
この日の俺は、朝から胸を高鳴らせていた。何故なら。
「ここに、アイツが……」
この家に、俺と母さんを捨てた親父がいる。行方知らずだった親父の居所が、やっと判明したのだ。それが、今、俺が立っている、この家の中にいるのだ。
普通の家にしては、やけに大きく。その所為で少し気後れしてしまったが、俺は気を取り直すと、インターフォーンへと腕を伸ばす。が、しかし。指先はぷるぷると酷く震え、うまく押せない。武者震いが止まらない。
情けなさと、焦りと。それからよく分からない感情全てを、それでもどうにか振り払わせると、俺は再び腕を伸ばす。
が、その手前。せっかくの決意を打ち壊すよう、いとも簡単に、ガチャリと内側から扉が開かれ――。
「おっ、なんだ。来てるじゃねえかよ」
扉の隙間から顔を覗かせた男は、どう見ても二十歳未満で。散々憎んできた親父とは程遠いと思われる。
「遅いから迷子になってるんじゃないかって、心配してたんだぞ。ほら、早く入れよ」
出て来た男は、男の俺から見ても容姿が整っていて。所謂イケメンという類に分類されるだろう。
謎のイケメンは、にかっと人の良さそうな笑みを浮かべさせると、俺の腕を掴み。ぐいぐいと中に引っ張っていく。
「あ、あの! 俺、
「ああ。話は天羽のじいさんから聞いてるって」
イケメンは適当な返事をすると、バンッ! と、リビングへと続く扉を思い切り開け放った。
「おーい。
「藤助?」
それが、親父の名前か――!?
だが、この考えも、すぐに呆気なく否定される。
「もう、
ひょいと台所から顔をのぞかせたのは、やはりまた高校生くらいの男で。とても親父とは思えない。
細長い体と、やはり案内に出て来た梅吉という男と同様、イケメン……と言うよりは甘いマスクの藤助という男は、お盆を持ってテーブルの側まで来ると、ことんと俺の前にグラスを置いた。
「はい、お茶。緑茶だけど平気?」
「あっ、ありがとうございます」
「なんだよー。牡丹ってば、堅苦しいなあ。これから一緒に暮らすんだから、もっと気楽にしろよ。
それにしても。まだ手を出した女がいたんだな、俺達の親父」
梅吉さんがさらりと言った台詞に、俺の全神経は反応する。
耳を疑ったが、どう考えても、この言葉以外には聞こえなかった。
「まだ? 俺達の親父? それに、一緒に暮らすって?」
この人は、一体何を言ってるんだ? ……だめだ、俺の思考回路は追い付かない。
俺が固まってしまっていると、梅吉さんはきょとんと目を丸くさせた。
「あれ……? 天羽のじいさんから聞いてねえのか?」
俺がどうにか頷き返すと、梅吉さんと藤助さんは、互いの顔を見合わせる。
三人で首を傾げていると、今度は頭上から、ドタバタと鈍い音が鳴り出した。続いて、バンッと勢いよく扉が開き、小さな塊が中へと飛び込んで来た。
「ねえ、ねえ! 牡丹お兄ちゃんが来たって、本当?」
「こら、
影の正体は、年端もいかない男の子で。藤助さんから叱られても、きらきらと大きな瞳を瞬かせる。
すっかり興奮している芒の後ろから、お次は目付きの鋭い男が……。でも、やっぱりイケメンが、ゆらりと気怠げに入って来た。
「全く、騒々しい。これも、どこぞの馬鹿の影響を受けちまったんだろう。可哀想に」
「おい、
「もしかしてもなにも、お前以外に誰がいるんだ」
「なんだとーっ!?? 誰が馬鹿だ、誰が!」
「ちょっと、道松も梅吉も。そうやってすぐに喧嘩しないでよ。もう、毎回止めるこっちの身にもなって欲しいよ」
「藤助兄さん。このお二人が顔を合わせれば喧嘩に発展するのは、今に始まったことではないではないですか。いい加減、諦めた方が聡明だと思いますよ」
「うっ、
いつの間にか部屋にいた銀縁眼鏡の男の指摘に、藤助さんは、うっと頬を引き攣らせる。
一人落ち込む彼の脇から、今度は大柄な男が、のそのそと遅れてやって来た。
「ねえ、牡丹くんが来たんだって? ……ああ、いた! 君が牡丹くんだよね、よろしく」
「はあ、こちらこそ……」
大柄な男から差し出された手を、俺は思わず握り返す。
が。
「……って、ちょっと待って下さい! あの、皆さんは一体……」
「本当に何も聞いてないのか? ったく、じいさんも仕方ねえなあ……。
あのな、ここにいる俺達全員、お前とは腹違いの兄弟なんだよ」
「え……、全員? 腹違いの兄弟? って……。
え、え……。ええーっ!??」
思わず身を乗り出させると、梅吉さんは、ぱちぱちと軽い拍手を送ってくれた。
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