人外的【魔法少/女】きらな
渡貫とゐち
学校編
第1話 朝日宮きらな その1
ベッドから体を起こした時、頭の中がぐちゃぐちゃに、どろどろになっているのかと思った。
まるで、スプーンでかき混ぜられたのかと思ってしまうほどである。
無意味だとは思いながらも一応、頭を左右に振ってみる。
……思った通りに無意味だった。
頭の中にある記憶のぐちゃぐちゃ感はまったく、消える気配が微塵もない。
「うぅ」
低く呻き、頭を擦りながら、
ふらふらとした足取りで部屋を出る。
階段を下りてまず最初に向かったのは洗面所だ。
顔を洗い、髪を洗って、頭の中の不快感を完全ではないが、大体を洗い流す。
そしていつも以上に、入念に身なりを整える。
「前髪、変じゃないかな……」
前髪を指でくりくりと触りながら、きらなはそう鏡に問いかける。
が、鏡の中のもう一人の自分はなにも言わず、
なにも言わない代わりに曖昧に笑っているだけだった。
苦笑いだった。
ということは、いま鏡の前にいるもう一人ではないオリジナルである自分も、曖昧に苦笑いをしているということだろう。
きらなは鏡の前でくるりと時計周りに一度だけ回転をした。
長く黒い後ろ髪と横の髪は遅れてついてくる。
きらなが変ではないかと不安を抱いている前髪は遅れてついてくることはない。
というよりも、遅れてついてくる必要がまったくない。
ぴったりとくっつくように、きらなの動きについてきている。
後ろ髪と横の髪には満足と言ったように納得しているきらなだったが、しかし前髪については納得はない。不満の顔色だった。
きらなの前髪は眉毛の少し上、おでこのあたりで丸く、アーチ状に切り揃えられていた。この髪型はきらなが自分で切ったのではない。
だからと言って美容院に行って注文したわけでもない。
いや、注文をしたにはしたのだが……、しかしした注文というのは、
『似合っている髪型にしてください』というものだった。
眉毛を出し、おでこを出し、のような髪型を注文したというわけでは一切ない。
だけど注文したことで作られた髪型ならば、プロの美容師は、この髪型がきらなに一番似合っていると判断したのだろう。
本当か?
百歩譲って、だとするのならば、この髪型は正解なのだろう。
おでこを出し眉毛を出すというのは、幼さを強調、または幼さをゼロから出すということを意図している。きらなにこの髪型をさせるのは、ファッションとしては完全に有りに入り、ファッションではなくとも、不完全というわけではない。
問題があるとすればきらなの心境だった。
前提として、幼さを出すということは、その髪型にする人は、幼さを出したい人である。
幼さを出すということが目的である人――。
問題は、きらなはそうではなく、幼さなどまったく出したくなかった。
逆に蓋を閉じるように幼さを消し去りたいと思っている人間なので、今回の美容師の選択は完全なる選択ミスということになる。
元々、眉毛を出し、おでこを出し、なんてする必要がまったくないほどに、きらなは身なりが幼さで構成されている。そういう容姿をしていた。
体が小さく身長が低く、童顔を持つ。
もしもきらながランドセルを背負って外を出歩いていても、違和感はまったくない。
黄色い旗を持っている交通のおじさんにあいさつをされてしまうほどには、ぴったりとはまっていると言える。
そんなきらなは今日から高校生になる。
今日は高校生活初日、入学式の日である。
だから身なりを整えて、髪型も自分に合っている完璧な姿で出たかったのだ……。
だと言うのにこれである。
予定と違う。初日から最悪の気分だった。
しかし、切ってしまったものは仕方ない。
今から美容院に行って、文句を言いたいところだったが――。
だが、行ったとして、文句を言ったとして、だ。
だからと言って切った髪が元に戻るというわけではない。
きらなの行為は無駄なことだ。
気持ちは確かに晴れるかもしれないが……、後ろにある問題をこれから解決するべきか?
かける労力はここじゃないはずだ。
――髪の毛なのだからすぐにまた生えてくる、と思えるわけではないが、
ここはこっちが大人になるということで、そう納得する。
きらなは怒りを鎮めてこの短い前髪を受け入れた。
すると、そんな短い髪の毛のことに思考を使っていると、思っていたよりも時間がかかっていたのか、開けっ放しであったリビング方から母親の声が聞こえてくる。
「きらなー、早くしないと学校、遅れちゃうよー」
はーい、と返事をして、きらなは最後に鏡を見て、よし、と、
無理やりに自分を納得させてから階段を上り、自室へ戻った。
自室の壁にかけてある新しい高校の制服を見て、抱いた感想は『うん、大人っぽい』だ。
わくわくどきどきと、鼓動を高鳴らせながら、きらなは制服の袖に手を通して着衣する。
それから机の上に置いてある昨日の夜に持ち物を出したり入れたりと、一見無駄に思え、だけど確認という意味では無駄ではない行為に付き合ってくれた鞄を掴んで、自室を出ようとした。
そこで、きらなは鞄に引っ掛かっていた物体が地面に落ちた音を聞き取った。
身を屈めてそれを拾う。
【それ】とは、包帯であった。
きらなは包帯を見て、少しだけ顔を歪め、しかしすぐに元に戻し、手に持っている包帯をゴミ箱へ捨てる。
まだまだ使える量ではあった。
しかし関係ない。迷いなく、きらなはそれを捨てた。
決別するように。
「もう、いらない、あれは必要ない、必要なく、するんだから……!」
決意のような。
心に言い聞かせているような呟きを部屋に残し、
きらなは自室を出て、リビングにへ足を運んだ。
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