h20.09.08. 01蛇足




「また、ここには花が咲いているのね。」

 突然ふらりと現れた少女が、辺りを見回してぽつりと言った。

「ああ。でももう枯れていく。そばに行って見てみなよ。変色し始めているから。」

「いいわ。そんなの見たくない。」

 来て早々うんざりしたように肩をすくめ、彼女は僕の前へと歩み寄ってきた。以前にここで会った時と同じ学生服姿だけれど、ブラウスは長袖のものに変わったようだ。

「久し振りね。」

「ああ。何か用?」

「用は無いけど。お葬式をしようと思ったの。」

「誰のだい。」

「あなたのよ。」

 そう答え、彼女は肩にけた学生鞄をごそごそと弄った。僕はそれを見上げて、

抑々そもそもさ……、」

 と言い、口をつぐんだ。どのみち彼女に、聞く気は無いのだろうから。

 彼女は鞄から目当ての物を取り出し、それを僕の眼前の地面に置いた。

「……何を持ってきたかと思えば。」

「お葬式には必要でしょう?」

「線香といえば、線香なのかも知れないけれど。」

 アロマキャンドルで故人を弔うなんて、聞いた事もない。

「ラベンダーの香りよ。」

 そんな事も訊いていない。

 彼女は薄紫色のそれに、マッチで火を点けた。細い煙が立つ。

 確かにいい香りではあるけれど、ちょっと顔に近い。熱いし煙いし、むせそうだ。

 その旨を伝えようと視線を上げると、彼女はアロマキャンドルの前に正座し、合掌がっしょうしていた。それからパンパンと二拍手にはくしゅして、なんまいだーと言い出した。

 どこの宗教なんだ。

「アーメン。」

 締めはそっちなのか。

 最後に短く黙祷し、やがて溜息をいて、彼女は近くの椅子に座った。学校でよく使われる、ニスを塗った木製の椅子だ。

「君は死後、どの世界に行くんだろうね。」

 地獄だという事は間違いないにしても、それにもいろいろ種類があるのだろう。

 どうなのかしらね、と彼女は胸元を扇ぎながら、興味無さに答える。

「それにしても、だいぶ涼しくなってきたわ。」

「ああ、秋も近いね。」

「〝解夏げげ〟って、今くらいの時期を言うのかしら。」

「どうだろう……仏教用語だよね、それ。」

「映画で知ったのよ。 お坊さんたちの集まり……って言っても修行だけど。それが終わる時のことを、解夏って。」

「うん。原作の小説を読んだ事があるよ。」

「そうなの。面白かった?」

 ……つくづく彼女とは、こういう真面まともな会話をしていなかったと思う。

「ところで。僕は、」

「ん?」

「君は、ここに死にに来たものと思ったんだけれど。」

 別段、声音を変えずに言う。彼女も特に表情を変えず、

「そうね。」

と答えた。

「それも無くは無かったんだけど……やっぱりすわ。」

「ちなみに、どうして?」

「……。」

 今度は答えず、彼女は椅子から立ち上がった。

「そろそろ帰るわ。そのアロマの火が消えたら、お葬式終了ってことで。」

 マイペースにも程がある。

「じゃあね。」

「……ああ、さよなら。」

 よどみない動きで僕に背を向けて歩き出した彼女だったが、ほんの数歩で立ち止まった。

「その、……たとえば、だけど。」

「何?」

 彼女が言い淀む様子が珍しく、つい続きを促す。

「新しく友達が出来たから。とかじゃ、だめかしら。」

「……。」

 僕的にも、アウトで。



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