第30話 アトランティス~オレイカルコス発動
二人の死を確認する間もなく、兵士たちが門を開け、なだれ込むように入っていく。白百合の群生はたちまち大勢の兵士たちによって踏みつけられ荒らされた。神域にこだまする兵士たちの声、声、声。
その声は神殿の外にいたクリティアスの耳にも入った。
「兵士が来る。オレイカルコスが狙われている!」
クリティアスは神殿内に戻り、アウラを守らねばと思った。しかし普段から武器をもたないクリティアスは何の手段もない。思い出したのはアウラが言っていた『祭事用の剣』だ。人を切ることはできないかもしれないが、衝撃ぐらいは与えられるだろう。そう思って宝物殿から祭事用の剣を取り、祈り続けるアウラの下へ駆けつける。
しかし一人の先発隊の兵士がそこまで来ていた。もと近衛兵のその兵士は神域の配置をよく知っていたのである。クリティアスは祭事用の剣を取ると力任せに体当たりをし、兵士を突き倒した。起き上がろうとする兵士を剣で衝撃を与える。兵士は気を失ったのか動かなくなった。それを確かめるとアウラのそばへ行った。
「司祭様、僕は最後まで司祭様を守ります。それがティマイオスとの約束です」
祈り続けていたアウラはクリティアスが逃げることもせず自分を守るために戻ってきたことを知る。アウラも兵士たちの声を遠くに聞き、神域が破られたことを知った。そしてアストレアとイアソンの魂を感じ取った。
(アストレア……イアソン……天に帰っていったのね……)
胸が締め付けられるかのような苦しみが襲う。しかし今は先に進まねばならなかった。
「クリティアス、私と一緒にいると巻き込んでしまうわ」
「司祭様、今ここで自分だけ逃げて後悔して死ぬより、共に痛みを感じて納得して死ぬ覚悟です」
そう言ってクリティアスは、触れてはならない聖職者アウラの両手を握った。驚きを隠せないアウラ。
「クリティアス、なんてこと……これが何を意味するか分かっているでしょう」
「わかっています。触れてはならない聖職者に触れることはその聖職者の重き定めを共有することになるということ。僕は司祭様のその重みを受け止めたい」
アウラは戸惑っていた様子だったが、やがて心を決めたかのように頷くと今度は自分からクリティアスの手を握りしめた。
そこへ兵士たちの声が響いてきた。すぐそこまで来ている!
「こっちへ来て」
アウラはポセイドン神像の裏の隠し扉を開ける。そこは代々の司祭だけが知っていた地下へ通じる入口だ。アーテに見つかってしまったのでここへ兵士が来るのも時間の問題だ。アウラは扉の内側から鍵をかけるとクリティアスとともに階段を下りて行った。ろうそくもないのにほんのり明るいのはなぜだろうか。階段を急いで、そして踏みしめるように降りていくと大きな空洞にでた。
「これが……オレイカルコス鉱石?」
目を見張るクリティアス。そこはすべてがオレイカルコスの鉱石であった。アウラが言う通り、職人が採るオレイカルコス鉱山の産出量の何千倍もの量だ。おそらくアトランティス国の地盤に大きく影響しているのだろう。
「ポセイドン神から受け継いだオレイカルコス鉱石よ。全ての産業のもとであり、この国のもとでもある。オレイカルコスがその力を最大に出すのは具象化されていない鉱石。私たちは巨大なオレイカルコス鉱石の力の上で生活をしていたの。まさに今日、今その時まで……」
アウラがそう話したとき、入り口をたたき壊そうとする音が聞こえた。もはや一刻の猶予はない。
「クリティアス、巻き込んでしまったわね……ごめんなさい……」
「ティマイオスとの約束なんだ。司祭様を一人で逝かせるわけにはいきません」
クリティアスの言葉にアウラは微笑む。二人は呼吸を揃えると声高らかにポセイドン神に呼びかける。
「すべての力の源流にしてこの国の根幹であるオレイカルコス、今ここにその力を開放し、発動せよ!」
たちまちオレイカルコスは熱と光を放つ。巨大な光となり二人は一瞬で溶け、死んだ。
オレイカルコスの発動により、地盤は地中から溶け崩壊していく。アトランティスにあるいくつかの活火山の噴火を誘発し、大爆発を繰り返していった。たちまち空は火山灰や噴出物によって暗くなっていく。大地震がおき、いたるところで地割れが発生しマグマが赤く染まったカーテンのように噴出した。
逃げ惑う人々。海へ海へと逃げようとパニックになっていく。
大学ではクインティリアヌス師とヘルモクラテス師が「その時」がついに来たことを知った。二人は神に詫び、今まで学べたことを感謝しながら最期のときを静かにむかえた。
軍部の施設も地震の被害があり、建物が崩壊し、あの科学者タルタロスやそこにいた全ての人間が下敷きになって死んだ。建物の崩壊の際、キメラたちの多くが逃げ出した。
アーテは空からそれを見るとすべてのキメラを闇の空間へ引き寄せる。
(こいつらにはあとに役目を与えよう)
そう言って闇の中へ閉じ込め、高らかに笑い声をあげた。
「ついに、ついにアトランティスは終わりのときを迎えた。ポセイドンの血なぞ取るに足らぬぞ。人間の愚かさよ、神々の愚かさよ……フフフ……」
大地震と溶けた地盤は国の根幹を崩し、火山の爆発とともに海中へと沈んでいく。山のような巨大な津波が周囲の海へと発生していき、近くの島々は飲み込まれてしまった。
人々は神に懺悔する間もなく地中のマグマの中へ、或いは海中へと投げ出されていった。そこで何事もなく暮らしていた人々も神の血筋であった国王や領主たちもアトランティスの歴史とともに滅んでいった。
アトランティスは神の怒りにふれ、いま歴史を閉じ、地図から消えた。
アトランティスは伝説となったのである。
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