第29話 アトランティス~アウラの力

 ティマイオスの死から七日。日増しに地震は強くなっている。亡くなったティマイオスの為に神殿で祈りを捧げるようになったクリティアスは、道すがら昆虫や動物たちの異変に気付いていた。毎朝遅刻しそうになるほど聞きほれていた瑠璃色るりいろの鳥がさえずりをやめた。畑ではバッタの仲間の大群が黒い布のように群れて飛び交い、姿を消した。近海では魚たちが全く獲れないでいる。


(何かおかしい……)


 環状水路では水位が下がり小型の舟でないと航行できなくなった。市内の至るところで井戸の水枯れが起き、経験したことがない異変に市民が恐れを抱いていた。そしてクリティアスは火山の方からかすかに硫黄の匂いを感じた。


(神の怒りはそこまで来ているのか)


 クリティアスは遠くにそびえる火山をみつめ、足早に神域へ急ぐ。


 一方、軍部では女官として司祭に仕えながら、裏切ってオレイカルコス鉱石の在り処を見つけたアーテの情報をもとに神殿へ突撃する100人を超える連隊が組まれていた。神殿の近衛はアストレアとイアソンだけだとわかっていながら大隊が組まれている。中には元近衛として働き、軍部に引き抜かれたものも多数いる。内部を知る元近衛兵をわざと起用したのだ。

「内通者がアトランティス軍、しいては国家の為にオレイカルコスの在り処を見つけてくれた。女官が一人いるが殺すな、味方だ。敵は近衛兵のアストレアとイアソン、そして司祭アウラだ。司祭は何も聖職者としての力を持っていない名ばかりの司祭だ。殺しても罪にはならん。オレイカルコス鉱石が大量にあれば武器も他国への攻撃に使う兵器も破壊力のあるものができる。科学者たちもすぐに兵器を作ることができるように準備をしている。必ず神域を我々軍部のものとせよ。これは神の血筋である王と領主たちも承認したことだ。国の為に進めていくぞ!」

 大隊長のレオン……あのティマイオスの死にもかかわったあの男が兵士たちに呼びかけ、歓声が起きる。相手はたったの2人の近衛兵と無力な聖職者、目を閉じてもできることだ。

 そうしてレオン率いる大隊は神域を目指した。


 

 クリティアスが神域へ行くと門のところで近衛のアストレアとイアソンが待っていた。

「司祭様の様子がおかしい。そばに行ってもらえないか。あなたなら理由を聞けるかもしれない」

 アストレアに言われあわてて神殿へ駆けつけるクリティアス。

 そこにはすっかりやつれた様子でポセイドン像の前にひざまずき、体を小刻みに震わせて泣いているアウラの姿があった。

「司祭様、どうされたのですか……」

「……クリティアス……もうおしまいよ……この国は。神が怒っている……体中でそれを感じるの……」

「それは自然の異変で僕も感じています。虫や動物が異変を察知しています」

 クリティアスの言葉にようやくアウラは立ち上がる。

「クリティアス……私は力を持たぬ司祭……世間ではそう言っています。私は何ら奇跡を起こすことができない祈る事しかできない司祭……それは本当のこと。しかし、誰も知らない司祭としてたった一つの重要な力が私にはあるのです。この国最後の司祭として神から賜った、今までの司祭にはない力。それが『オレイカルコスの開放』です。それが何を意味するかわかりますか……」

 アウラの表情が今までにないほど厳しいものになっている。

「オレイカルコスの開放とは何でしょうか、司祭様。オレイカルコスはこの国の生命線、それを失うという事でしょうか」

「そのとおりです、クリティアス。この神域には神ポセイドンから賜り、代々受け継いだ巨大なオレイカルコスの鉱石があります。その量はほかの地域で産出される鉱石の何千倍はあるでしょう。なぜならこの神域の地下一帯がそうなのだから。私は神からその鉱石の力を開放させ、この国を滅ぼす、その力が与えられているのです。人々が神を忘れ、神を恐れぬようになったときにこの国を滅ぼす、それが最後の司祭の役割……。私はそのために生まれそのために司祭となった。どれほど自分の運命を呪ったことでしょう。そして今朝……今朝、神から最初で最後の神託がおりました。これはアトランティスを滅ぼせとの神託です……」

 アウラはそう言ってポセイドン像を見上げた。自分が仕えている神が自分を含めて国ごと滅ぼせと命じたのである。

「私は死ぬのが怖いわけではない……自然に恵まれ、人々が普通に生活を営んでいるこの国を……神の怒りさえ知らない善人者もいるだろうに……すべて滅ぼすという事が怖いのです……」

 そう言って涙を流す。なんという運命であろうか。

 言葉をかけようにも言葉が出ないクリティアスは、再び祈りを始めたアウラを後にすると白百合の群生まで足を運んだ。白百合の群生はいつものように風に揺れながら清楚な香りを広めている。今日は特に香りが強く感じるのは気のせいか。



 アトランティス軍はやがて内側の環状水路まで進み、神域へ入る門の前まで来た。門では近衛のアストレアとイアソンが武器を手に軍部と対峙している。

「ここを通してもらおうか。この神域にあるオレイカルコスをわがアトランティス軍へ引き渡せ」

 アストレアたちの前に立ちはだかるレオン大隊長。

「この神域は神居ますところ。軍部に引き渡すわけにはいかない!」

 アストレアは三叉槍をレオンに突き出す。その隣でイアソンが空に向かって叫ぶ。

「来たれ、フレイ!」

 イアソンの声に一頭のドラゴンが空のかなたから現れる。

「フレイ、神域を守るぞ、この兵士どもを焼き払え!」

 フレイはイアソンの言葉に雄たけびを上げると兵士たちに火を噴いていく。逃げ惑う兵士たち。その中で前衛に代わり半ばにいた兵士がアストレアたちの前にすすみ、剣を交える。三叉槍で兵士たちを突きながら倒していくアストレア。クトニオスの魔剣をふり、次々と兵士を切り付けていくイアソン。しかし軍部もやられっぱなしではなかった。


「お前たちに勝ち目はないのがわからぬのか。立った二人で我々に挑もうとしても無理な話だ」

 レオン大隊長が笑い飛ばす。

 神の武器を扱いながらも自分たちは人間だ。戦力に限度がある。それがわかっていても近衛としての務めを果たさねばならない。二人はそんな思いで兵たちと闘っている。アストレアの三叉槍が一瞬で敵を突く、イアソンの魔剣が瞬殺する。

 物陰では隠れて見ていた裏切者の女官アーテが笑みを浮かべる。


(愚かなものよのう……)


「よくぞそこまでねばった。褒めてやる。だが、もうおしまいにしよう」

 アーテが右手を振り上げ、アストレアめがけて振り下ろす。するとアストレアの手から三叉槍が奪われ、天空へ消えていった。

「三叉槍が!」

 何事かと慌てたアストレアだったが、すかさず持っていた剣を抜き、兵に切り付けていく。

「槍がなくとも剣で戦ってみせる!」

 しかしもともと三叉槍の使い手だったので剣を使っての戦闘は熟練していない。それをみてかばっていくイアソン。イアソンの剣が大降りに振られ、敵を薙ぎ払っていく。

「アストレア、もう一度言う。僕たちは最後の最後まで共にいる」

 イアソンとアストレアは一瞬目を合わせたがすぐに兵との対戦に戻る。

「そう、私たちは最後の最後まで共にいる。イアソン、ここが私たちの死に場所、お前と一緒で私は幸せだった」

 持てる力を振り絞り、敵兵を切り捨てていくアストレア。空からはドラゴンのフレイが火を噴き、敵兵を門へ寄せ付けないようにけん制している。しかしアーテはこれを見逃さなかった。

「たかだか野生のドラゴンのくせに人間の見方をするのか。こうしてくれるわ!」

 アーテは炎の鎖を作るとフレイに投げつけた。炎の鎖は確実にフレイの体に巻き付き、飛ぶ力を失ったフレイが苦しんで叫び声にも似た雄たけびを上げる。

「フレイ!」

 イアソンの呼びかけにも応じない。イアソンが野生のドラゴンを手なずけ、自分のいう事をきけるように育てた。それがフレイだった。

 フレイはそのままアーテによって彼方へ送られる。

「野生のドラゴンなど取るに足らぬ。後で火の山へ閉じ込めてやろう。」

 そういって高笑いをするアーテだったが、やがて門の戦闘が終わりに近づくのを見ると空中から眺めることにした。

「もうおしまいだよ、近衛ども」

 

 

 たった二人で門を死守してきたアストレアとイアソン。武器である三叉槍と空からの攻撃をするフレイを失い、能力が落ち、そして限界がきた。

 一人の体格の良い兵士がアストレアの背後から狙い、切り捨てた。

「アストレア!」

 イアソンがその兵士に切りすてる。しかしこの隙に周りの兵士が寄ってたかって切り付ける。そのまま倒れるイアソン。


 たった二人の近衛であるアストレアとイアソンはここに命を終えた。


 

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