第27話 アトランティス~禁忌
その日は大学の賢者たちが大学の運営について会議があるとかで、学生たちは数少ない休日を楽しむこととなった。クリティアスはいつものように遅刻しそうになったわけではないが、ティマイオスとともに神殿へ来ている。
そして二人が来てくれたことを喜んで出迎えている司祭アウラ。
クリティアスが近衛兵のアストレアやイアソンと顔見知りになったことで、通り抜けをしても咎めるものはいない。
「クリティアス、君は知っているか。軍部と科学者がやっていることを。奴らは人として絶対にやってはいけない事、禁忌を犯しているんだ。ヘルモクラテス師がおっしゃったことだ。僕はこの目でそれが本当か確かめたい」
「クインティリアヌス師からもその動きがあることは聞いたよ。でも本当なのか……そんな神の領域を犯すことをやろうとしているのか」
ティマオスの言葉はクリティアス、そしてアウラも不安にさせる。
「私も……軍部の動きからそれを察知しております。もしそれが本当であるなら神の怒りは免れないでしょう。確かめに行かれるのなら、どうか私も連れて行ってください」
アウラの言葉に驚く二人。信者がいなくなり、近衛も二人しかいないとはいえ、アウラは聖職者で俗界の人間とは離れた存在なのだ。
「大丈夫です。身を隠して行動します。あなた方に迷惑をかけません。一応近衛の二人には言っておきます。多分市民に紛れてついてきてくれるはずです」
アウラの真剣な眼差しにその思いをティマイオスは理解する。
「そうだね、俗界で起きていることを司祭様に知っていただく方がいい。クリティアス、僕は真面目に剣術を学んでいるから何かあれば僕が剣をとろう。君は見て聞いて感じたものを記憶したまえ。それが君の役割だ」
ティマイオスに言われ、頷くクリティアス。近衛の二人が遠くから見守るとはいえ、何かあれば誰かがアウラを守らなければならないだろう。剣術を一生懸命にやらなかった自分が今更に情けなかった。
3人は神域を出ると一路郊外の軍の施設を目指した。アウラはアストレアから衣装を借り、マントを羽織った。力がないとされるアウラは市民からも忘れられ、知る人もいないのが幸いしている。それは軍もそうであったが、念のためアストレアが変装に手を貸してくれたのだ。
市の郊外の軍施設は以前よりも規模が大きくなっていた。建物が増築され、軍関係者やこの施設で働く科学者も多くいた。門のところでさっそく兵士に問われる。
「お前たち、ここは軍の施設だ。関係のないものはダメだ」
これを聞いて引き下がるティマイオスではない。
「いつもこの国の守りをしていただき感謝の極みです。僕たちは大学の学生です。ここでは科学の粋を極めたところだと聞いて、僕たちの知識欲が足を運ばせました。この人は彼の許嫁(いいなずけ)です。彼と離れたくないというので連れてきましたが……できれば恋路に水を差すことはやめてほしいのですが」
アウラがクリティアスの許嫁だと説明されて二人とも顔を赤らめた。しかし門の兵士はそれで納得したのだろう、内部へ連絡するとすぐに3人を通してくれた。さすがに近衛は入ることができないので出口の物陰で見守っている。
3人は軍の幹部だろうか、背が高くて黒ひげの兵士に導かれて内部へ進んだ。中は男ばかりの社会で、変装しているアウラが来たことに大騒ぎだ。
「私はこの施設の責任者であり、大隊長と務めるレオンというものだ。お前たちは科学の粋の極みを見に来たのだろう?大学で学ぶよりはるかに上の道をここは進んでいる。今からそれを見せてやろう」
レオンは3人を施設の地下へ連れていく。そこは警備の兵士が倍に増やされ、鎧を着ずに業務に励む科学者たちの姿があった。
「タルタロス、大学から君の研究の成果を見てみたいと学生が来ている。女の方は許嫁らしいからあまりむごいのは見せるなよ。子を産めなくなってはいかん」
レオンに呼ばれたタルタロスという男はまだ大学の師ほど歳をとってはいなかった。短髪に白髪が混じっているが抜け落ちていない。
「レオン大隊長様、承知しました。ここでの科学の発達の成果をみてもらい、大学がいかに無駄な学問をさせているか教えてやりましょう」
タルタロスは大学を追われた科学者だった。大学で教えていたころは学ぶことの決め事に悩まされ、自分がやりたいことができなかった。軍は自分の研究を高く評価してくれ、高給も与えられる。それは向上心を語った欲望の表出だった。
3人はタルタロスに内部を案内される。そこは……神を忘れた実験場だった。
(何てこと……!)
フードを目深にかぶったアウラが思わず目を背ける。
そこには命に手を加えた禁忌の実験が行われていた。いくつかの生物をかけあわせた合成獣。人の顔の名残さえある。
(元は人間……)
アウラはそれらから人の哀しみを感じ取った。
クリティアスもティマイオスも言葉が出ない。
「わがアトランティス軍はオレイカルコス鉱石を使った剣や大砲など兵器を考案し実用化されている。それはあくまでも人間が使ってこそ兵器としての意味がある。しかしこれらは違う。人の意識を持ち、自ら考える事ができる『人と生物』との合成獣だ。自分で考えて攻撃する兵器だ!」
タルタロスは得意気である。
「合成された人はどのように選出を?」
ティマイオスがやっとの思いで聞く。
「大金と引き換えに志願した者だ。罪人や政治犯は反抗的で武器にはならないから志願者を使っている」
アウラはタルタロスの説明にウソがあることを感じた。なぜなら合成獣の意識からは憎しみもあるからだ。おそらく無理やりに合成された人もいるのだろう。そこにいるおよそ50個体の合成獣。その意識の渦を感じ取る。
「一つだけ教えてください、あなたは神の領域をどのように考えてらっしゃいますか」
ティマイオスが聞くとタルタロスは笑みを浮かべて答える。
「神の領域を超えてこそ科学だよ。神が作った領域は人に与えた制限にすぎない。越えなければ科学は発達しない、そうじゃないかね?」
そう問われても答えられないティマイオス達。
「……科学の粋を見せていただきありがとうございました。大学ではこのような講義も実験もありません。貴重な実験とお話をありがとうございました」
淡々と礼というと軽くお辞儀をする。タルタロスは満足げだ。
3人は再びレオンに門まで案内され、そのまま軍の施設を出た。
しばらくして物陰で3人を待っていた近衛のアストレアとイアソンが合流する。アウラがフードの中で涙を流していることに気づくが、街中であったのでそっとしておいた。ティマイオスもクリティアスも黙ったままである。
神域へ入るとアウラは祈りの為、まっすぐに神殿へ向かった。あのようなものを目の当たりに見ては祈らずにはいられないのだろう。それはティマイオスもクリティアスも同じだった。しかしその重みは聖職者であるアウラの比ではなかった。近衛の二人に任せて自分たちは神域を出る。
二人は市内の飲食店でお茶を飲みながら今日見たことについて話しあった。
「あれは神をないがしろにする行為だ。神の領域を超えてこそ科学だなんてそんなことはあるのか!人が人に手を加えるのは神が作られた我々
ティマイオスは許せない気持ちでいっぱいだ。
「僕も同じ気持ちだよ、ティマイオス。いくら志願者であっても意志を持つ兵器として……人からモノへ変えられるのならそれは命に対する冒とくだ。あの悲しげな合成獣の瞳を見たか、僕は嫌だ……あの実験に嫌悪感を持った。あのような実験は自然の流れに……神の意志に背くものだ。絶対にあってはならない禁忌だ」
クリティアスも同じ気持ちだ。
「クリティアス、僕は師にこのことを話す。そして市民に伝える。こんな恐ろしいことが軍部で行われているなんて……こんな実験はやめさせなければならない。大学で学ぶ学生としてやらなければならない。僕はそう思っている」
「それは危険じゃないか。下手したら処刑者だぞ。軍部は国家の一部だ。国家反逆罪となれば処刑は免れない。他に方法はないのか」
「覚悟の上だよ、クリティアス。僕たちは軍人ではなく文民だ。軍で戦うだけが戦いじゃない、そうだろ?」
「軍で戦うだけが戦いじゃない、確かにそうだ。では僕は何をしたらいいのか教えてくれティマイオス」
「君は司祭様を守れ。市民からも忘れられた孤独の司祭様のそばにいてあげてほしい」
ティマイオスの覚悟を知り、自分は何があってもアウラのそばに居ようとクリティアスは心に決めた。
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