第23話 ゾーマ国へ~再会

 パルネス国は国王、王妃もろとも城が爆発したおかげで人々の支えが失われ、占領しているゾーマ軍の言いなりになっている。みんなこの先どうなるか不安なのだ。

「リタイ、捕虜となった3人を助けにいきたい。俺たちは4人でこの世界に来た。渚も剣斗も、そして和音がいないと何も始まらないし何も終わらない。今行かなければいけない気がする。俺はまだ呪縛を解いてないけど……今行かないと……和音が泣いている気がする」

 妙な胸騒ぎがしている大地は助けにいけないことに焦りを感じていた。

「わかったわ、あなたはミワちゃんとティマイオスと一緒に3人を助けにいきなさい。ゾーマ国はアーテの守護する国、私の力は届かないと考えて。危険だと思ったら必ず逃げなさい。私たちはゾーマ軍の横暴をくい止め、パルネス側の代表として今後の交渉に臨みます」

 そう言うとリタイはできるだけの加護を大地とティマイオス、そしてミワに与える。リタイの力が及ばないアーテが守護する国でなんとか守ってやりたい、その一心だった。

「絶対に生きて帰りなさいね」

「大丈夫、ミワさんがついてくれるから」

「ミワちゃん……もう勝手に遊びに行って土砂に埋もれないでよね、カラスの餌になっても知らないからね」

 

〈 うぐぐっ!バレていたか…… 〉


「そういや俺の左目はリタイの左目のままだった。ごめんごめん、あの時の会話みんな聞かれていたということだな」

 思わず笑う大地。

 やっと助けにいくことができる。和音に会ったらあのとき守りきれなかったことを謝ろう、そして手を取ろう、そんな気持ちでここまできた。


(クリティアスがアウラの手を取ったようにだ)


 大地の脳裏にあのとき見た海底神殿の情景が蘇る。辛く悲しい、そして大切な想いだった。


「いってくるよ。お互いに無事でまた会おうな」

 そう言って大地とティマイオスはミワにのって『迷いの森』を飛び立った。3人を救出とはいえ、大地は相変わらずろくに剣も扱えない。いくつかの合成獣の討伐は剣斗や渚のやり方を見ていたからできたことだ。それ以外はやってみないとわからない。それでもいかないといけない気がしていた。



 同じころ、見事に怪物を討伐した渚と剣斗は捕虜という立場を解かれ、剣斗は地下牢から兵舎へ移された。渚は相変わらず後宮に居ることになった。ゴルギアスが認めなかったからである。医療班は和音の看護もあり、地下牢からゾーマ国の病院へ移った。パルネス側の負傷兵は日常生活を送れるぐらい回復をしたので、あとはゾーマ国側との交渉で送還となるだけだった。自分たちはそのまましばらくゾーマ国の医者と一緒にゾーマ国の負傷兵の治療や回復にあたることにした。


 大地はティマイオスとともにミワに乗って一路ゾーマ国を目指す。以前は戦況を伝える為に降り立ったテッタリア戦線も砲弾が飛び交うことはなく、そこにはゾーマ国からパルネス国に通じる道路が整備されつつあった。あのとき大地が上空から垣間見たゾーマ国はインフラがパルネス国より進んでいるようだった。だから戦後、真っ先に道路の整備にかかったのだろう。

 西側から風が土の匂いとともに強く吹き続け、雲の流れが速い。


(風がやんだら雨が降るかもな)


 風を感じながら大地は町の様子を見る。大地たちはいったん郊外の森の中へ降り立ち、ミワがいつものように髪の毛に擬態すると目深にフードをかぶって町へ入った。

「3人がいる場所はわかっているのか」

 当たり前のことをいまさらに尋ねるティマイオス。

「え?捕虜って城にいるんじゃないのか」

 大地もそう思っていただけに返事に困った。

「やはりなあ、君は昔から思いだけで行動するときがあるから」

 ティマイオスが苦笑する。ましてここはアーテが守護している国であり、国民は敬虔な信徒なのだ。どこにアーテの目があるか警戒しなくてはいけない。

「腹減ったな……そういえばこの国の通貨を持っているか?」

 肉なしの食生活が続いてすぐに腹が減る大地。

「用意してあるよ。これも計画のうちだ。じゃ、さっそく食べに行こうぜ」


 ティマイオスに連れられ、町の居酒屋へ入る。戦時中は食材が滞りがちで肉料理を久しく食べていなかった二人。それだけに店に立ち込める脂ぎった臭いに空腹はいっそう強くなった。入るなり鹿肉のローストを注文し、むさぼるように食べる。

「肉だ!肉だ!う、うまい」

「生きててよかったな、クリティアス」

 久しぶりの肉はとても美味く、体中に染み渡る。

 周りは大地たちより年齢が上の大人たちが酒を飲んでいる。話の内容はやはり戦争に勝利したことだ。

「よう、兄ちゃん。見ない顔だな、お近づきに一杯おごろうか」

 黒いひげを生やした男が声をかける。

「お気持ちだけいただきます。僕たちは下戸なんで飲めません、ごめんなさい」

「そうか、そりゃ悪かったな。それはそうと聞いたか、あの話」

 ティマイオスに男が話しかける。何のことかわからず黙っていると再度その男が話した。

「国王の夜伽の話だよ。この間とてつもなく強い怪物が現れたろう?捕虜の一人が討伐を試みたが歯が立たず、あとからその夜伽が加わって見事に討伐したんだよ。龍に乗ってそりゃあもうかっこよかったぜ。おまけに美人で申し分ない。その話題で持ちきりなんだ」


(龍にのって……渚のことか。討伐を試みたものは剣斗?)


 男の話に耳を傾ける大地。でもわからないこともある。

「すみません、国王の夜伽って何のことですか」

 ストレートに大地がきいたので男が慌てた様子で応える。

「なんだ、兄ちゃん、そんなこともわからないのか。俺に言わせないでくれ、ハハハ……」

 そう言って仲間と飲み始める。

「ティマイオス、何だよ夜伽って」

「……うん、そうだな。それはあれだ、あのことだ。つまりあれだ」

「だから何だよ、全然答えになってないじゃないか」

「……夜伽とは国王の夜の遊び相手。夜を一緒に過ごす……あとは想像してくれ」

 ティマイオスもどこか話しにくいようだ。しかし大地はそれなりに理解した。


(そうか、確か渚の本業は水仕事だと言ってた。キャバレーとかバーとかで酒を飲ませて男をメロメロにする仕事だから、捕虜としてその扱いにされても間違いではないな)


「渚がその仕事なら城にいるんだろう?やはり3人は城のどこかにいるんだよ。じゃ行こうぜ、ティマイオス」

「城が一番警備が固いって知らないのか?まあそうは言っても行くしかないよな」

 そう言って立ち上がると支払いに行く。ところがすぐに血相変えてやってきた。

「大変だ、クリティアス。お金が足りない。あの鹿肉は戦争勝利の宴会続きで価格相場が上がって10倍高い!」


(……相場価格とは異世界関係なく同じだなぁ……)


そう呟くと大地は店主に頼んだ。

「お金が足りない分を働かせてください。二人いれば賄えませんか。俺は料理を作って手伝うことができます」

 この申し出に店主は特に気を悪くすることもなく受け入れた。大地はそのまま厨房に入り、ティマイオスはフロアーの手伝いに入った。

 肉料理はともかく野菜生活が続いたので野菜料理は慣れているつもりだ。

「兄ちゃん、メイン料理は俺たちがするから付け合わせ作ってくれ。その方が流れが早い」

小太りの店主はそう言いつけて客から注文のあった肉料理にとりかかる。それを受けて大地はジャガイモを一口大に切ると茹で、その間に玉ねぎと燻製肉をスライスし、しんなりするまで炒めた。ゆであがったジャガイモを加え、塩と香辛料で調味すると手に入る食材でできるジャーマンポテトもどきができた。次に卵黄と油をしっかりとかくはんし、硬さが出たところでさらにビネガーを加えて混ぜ合わせる。マヨネーズもどきである。この世界に米酢はなかったが、幸いにしてビネガーはあった。ニンジンやキュウリをスティック状に切ると花のようにあしらい、マヨネーズもどきを添えた。


「おう、なかなかやるじゃあないか」

 出来上がりを見て店主は喜んだ。

「この黄色のソースはなんだ?」

「マヨネーズです。これ、好きな人ははまりますよ」

 大地はそう言って余った野菜にマヨネーズをつけて店主にさしだす。店主はそれを口にすると頷き、余ったマヨネーズすべて使って食べた。そしてジャーマンポテトもどきも店主の味見用に作ったものを食べてみる。

「ほう、ジャガイモの新しい食べ方だな。酒にあう。うちの定番メニューにしよう」

店主は満足していた。フロアーではティマイオスがあちこちの客の配膳や下膳を手伝い、忙しくしている。

 店の客は大半が戦争に勝ったことに酔いしれ、楽しそうに飲んだり食べたりしていた。大地たちの手伝いの時間も過ぎ、終わったころにはすっかり夜になっていた。新メニューを大地によって取り入れた店主は気をよくして余分にお金を渡してくれた。不足分のお金を働いたお金で賄うはずだったが、これではアルバイトである。申し訳なさそうにお礼を言う。この頃には風もやみ、雨がぱらついていた。

「ミワさん、城までたのむ。雨音に紛れる今ならいけるかもしれない」

 大地の声にミワが現れ、飛び乗った二人は城を目指した。


 雨が降りしきる中、ミワは城の上部にある庭園に2人を降ろす。ゴルギアスが日参している空中庭園だ。その空中庭園から回廊へ入り内部へと入っていく。回廊の奥の方から女性の話し声が聞こえた。物陰に隠れて様子をうかがう。

「陛下はあと少しで後宮入りされます。またダフネ様が番つきをされるでしょうけどね。さあさあ渚様にもお伝えしなければ」

 声の主は女官のようだった。


(渚がいるということはここは後宮につながる回廊という事か)


 大地とティマイオスは女官たちの後をこっそりつける。しかし雨でぬれたまま回廊を歩いたものだから見事にばれてしまう。不審者の侵入に騒ぎ出す女官たち。二人はあっという間に女官たちに行く手を阻まれてしまった。

「ミワさん、出番だ。見てもらえるぞ」

 大地がそういうとミワがたちまち大蛇となって二人の背後に現れた。女官たちはあまりの恐怖に気を失ってしまう。

「さすが一級の大蛇だ!」

 人に見てもらうことを喜びとするおかしな蛇だ。そうこうしているうちに後から家来がやってくる音が聞こえる。ティマイオスは剣をとると大地に言う。

「先に行け。あとは僕が受けて立つ」

 容姿が変わったとはいえ、まだ白百合学園のソポスとして働きが記憶の片りんに残っているのだろう。白百合学園で学んだ剣技は大地よりもはるかに上達しているはずだ。大地はティマイオスと視線を合わせるとそのまま回廊を走った。一つの部屋に身を隠したが、そこは女官の控室なのだろうか。女官たちの衣装や配膳の道具や食器が置かれていた。大地は女官の服に目を向けると一瞬ためらったが、覚悟を決めて身にまとい、結んでいた髪の毛をおろした。もともと体毛が薄く、中性的な顔立ちの大地は声まで高めのテナーである。歌を歌えばアルトの領域までいけないでもない。大地自身はあまり男らしくないことを気にすることはあったが、今はそれが都合がいい。鏡を見ると女官の立ち姿だ。


(……似合っているじゃないか)


 大地はフッと笑うとそのまま後宮目指して進む。すると背後に何やら気配を感じた。慌てて振り返るとそこにははっきりとした顔立ちの女性が立っていた。長い栗色の髪を編み込んで肩から流している女性が鎧をまとい、手には剣を持って大地に向けている。国王の乳母子にして近衛兵のダフネだ。大地の『敵感知』がマックスに働く。


(うわっマジでこれはヤバい……)


思わず作り笑いをする大地。

「お前……この城の者ではないな。この私の目を差し置いて何をしようとしているのだ?」

ダフネの目が非常に怖い。


(ミワさん、頼む!)


 大地のつぶやきに再びミワが大蛇となって現れる。

「ふん、そんな妖術に惑わされると思っているのか!えーい!」

 ダフネが剣を振り上げ、ミワを振り払う。ミワは一瞬で大地の髪の毛に隠れた。


〈 私を見てもこやつは驚かないばかりか嘲笑った……私はダメだ…… 〉


「お、落ち込んでいる場合か!」

 大地は言うが早いかその場から逃げる。しかし慣れない女官の衣装に足をとられそのまま躓いて転んだ。たちまちダフネに体を押さえつけられ、その間にも次々と家来がやってきた。みるとティマイオスも捕らえられている。

「ごめん、多勢に無勢、ひとりで何とかできるものではなかった」

「こっちも落ち込んだ奴がいてどうにもならなかった」

 お互いに失敗を笑うしかない。

「ダフネ様、この者たちをどうしますか。今なら地下牢もがら空きですが」

 女官の一人が尋ねる。

「ちょっと待て……まあ目的だけでも聞いておこう。後宮に忍び込もうなどと企む輩は当然、陛下の命を狙っての事だろうが」

 ダフネは剣先を大地ののど元にあてた。

「お前たち、どのような目的でここに来たのだ。そしてどこから入ったのだ」

「捕虜となっている3人……渚と剣斗、和音を助けに来た……ミワさんという蛇に乗ってパルネス国から飛んできた。空中庭園から入った。嘘は言っていない」

 ざわつく家来たち。ゾーマ国もパルネス国同様に空を飛ぶ手段はない。そして空を飛ぶことができれば城に簡単に入られてしまうことが露見した。

「なるほど、ただお前たちの情報は古いな。残念ながら剣斗と和音はここにはいない。ここは国王の夜伽である渚がいるだけだ」

 そう言うとダフネは女官に何やら言いつけた。しばらくすると女官に連れられ見覚えのある女性がやってきた。渚である。それは大地が見慣れている渚ではなく、色気満載の服を着て髪の毛を結い上げた渚だ。大地がその姿に驚いていると渚はけらけらと笑い出した。

「あはははは……、もう何なの、大地のその恰好は。あんたにそんな趣味があったの」

「わ、笑うなよ。こうした方が入りやすいと思ったからだろ」

 今更に恥ずかしくて顔が赤くなる大地。まわりの人々は何のことかわからず驚いている。

「渚の知り合いか?お前を助けに来たと言っていたぞ」

 ダフネも怪訝そうな顔つきだ。

「ええ、一緒にこの世界に来た男の子よ」

 女官の格好をしている侵入者が男の子だと言われ、またまたざわつく。

「ええい!紛らわしい、正体を見せろ」

 イラついたダフネは大地の女官の服をはぎ取る。服をはぎ取られたとはいえ、髪をおろしている大地はそのままでも女性に見えないこともない。これがさらにダフネをイラつかせる。それに気づいた大地は肩甲骨までのびた髪を結ぶと改めて名乗った。

「名前は大地、またの名をクリティアス。パルネス国から来ました。もちろん正真正銘の男です。そこにいるのは俺の仲間でティマイオスといいます。一緒に3人を助け出す計画でした」

 一緒に捕らえられているティマイオスも落ち着き払って会釈をしている。

「渚の仲間はこんな抜けた輩もいるのか。こんなのでは討伐もできないであろう」

 ダフネの言葉にティマイオスが反論する。

「いえ、クリティアスは3人が戦争に駆り出されたあと、もう何体もひとりで合成獣を討伐しています」

 この発言に渚が目を丸くして驚いた。

「大地ーっ!やるじゃない。えらいえらい、褒めてあげるわよ」

「……いいよ、それしかできないんだし。相変わらず剣をろくに扱えないってのは今も変わらないからな」

 渚に褒められて大地は何となく恥ずかしかった。


 ダフネは彼らが怪しいものではないと知ると女官たちを下がらせ、二人の処分は国王に任せることにした。そして剣斗は城ではなく市内の兵舎に移ったことや和音は容態が悪化し、市内の病院へ移ったことを話した。和音のことを聞いて落ち着きがなくなる大地。

「今日はもう遅い。明日案内してやる。それと……市内の情報だが、居酒屋でお金が足りなくなって働いて返したというのはお前たちのことか」

「はい、そのとおりです。まさか鹿肉があんなに高いとは思っても見ず……」

 ばつが悪そうにティマイオスが答えるとダフネはため息をついた。そこへゴルギアスが女官とともにやってくる。二人はそれが国王だと知り、深く礼をする。

「陛下、今晩は夜伽の話よりこの者たちの話の方が面白いかも入れません。この者たちは捕虜になった剣斗、渚、和音を助けに来たそうです。しかも蛇に乗って……なかなか興味をそそられる話だと思います」

 ダフネの言葉を受けて渚も言葉を添える。

「そこにいるのが一緒にこの世界に来た大地です。女の子でなく男の子です」

 そう言って大地を見てフフッと笑った。

「そうか。それでは今日はこの者たちを交えて夜の話としよう。ダフネ、今日は番つきはしなくていいから一緒に話を聞こうではないか」

 ゴルギアスの誘いに喜ぶダフネ。その夜、初めて国王以外の男を後宮にいれ、いつもより賑やかな話となった。

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