第22話 夜伽の討伐

 パルネス城が大爆発をし、攻め入っていたゾーマ国軍は全滅したという知らせは伝令によって即座に城へ入った。勝ち戦でありながら再び多くの戦死者を出してしまったことにゴルギアスは心を痛める。大臣や摂政、軍の幹部を交えての会議は朝から紛糾した。

「女神の兵器がありながらこのような事態を引き起こした責任は軍の幹部にあります!無能な幹部は即刻処分されるべきでしょう」

 大臣たちは高齢者が多いがこのばかりは背筋を伸ばして声をあげている。

「いや、我々は忠実に命令に従っている。パルネス国があのような大爆発を引き起こす兵器を持っていたという情報を知ることができればちゃんと対応した。軍を動かしているあなたたち大臣が腑抜けだから我々もうまく動くことができないのだ!」

 軍の幹部も負けてはいない。男社会のゾーマ国軍は鍛えられた筋肉をぴくぴくさせて反論する。

「言葉を慎みたまえ!この役立たずが。家に帰って番犬でもやっているがよい!」

「そちらこそ、棺桶に片足突っ込んでいる爺さん、迎えがそこまで来ているぞ!ハハハ……」

「な、何を言うか、この堅物が!」

「じじいは家でお茶でもすすってな!」

もはや売り言葉に買い言葉である。ゴルギアスはこの様子を冷めた目でずっと見ている。ここに国王である自分がいるのにこの状況……つくづく自分の存在価値のなさを思い知らされる。しかしこれでは会議どころか子どもの喧嘩なので口を挟むことにした。


「お前たち、もう下がれ。そのまま幼稚園へ行って出直してこい。ここは大人の話し合いの場だ。この場にいるみんなに言っておくが、私は国王だ。お前たちの添え物ではない。めでたく夜伽を後宮に迎え、事実も作った。いつまでも私を子ども扱いするな」

 ゴルギアスのこの発言にその場にいた誰もが手を止め、驚く。それは会議に参加していた者だけではなかった。


 ドン!


 外で壁を蹴とばす音がした。部屋の外にいるダフネだ。ゴルギアスはわざと部屋の外に向けて言う。

「ダフネ、つまらん嫉妬はするな。これは男の甲斐性だ」

 その言葉に静かにはなったが、殺気にも似た雰囲気が漂ってくる。

「大臣も摂政も私が幼少で国王の座に就いてから本当に長い間助けてくれた。このことはとても感謝をしている。ただ、もう私は大人だ。今日限りで摂政の職を解く。これからは誰がこの国の主なのかよく考えるように。パルネス城大爆発による戦死者については名誉の称号と一定の給金を家族に渡すことにする。今更責任転嫁をしても始まらん、次のことを考えねばならぬのではないか」

 静まり返った会議室にゴルギアスの声が響く。言いなりになっていた形ばかりの国王だったが、もうその状況から抜けたいと思っていた。

「摂政はもう下がってよい。長きにわたってよく働いてくれた」

 そうゴルギアスに言われて立ち上がる摂政。いつかはこの日が来ると思っていたが突然のことに寂しさを隠せないでいる。

「大臣たちも頭が硬い者は職を解いて孫の面倒を見させてやるからそのつもりでおくように」

 項垂れる大臣たち。国王に何かが起きた、とはあのことか……?

 大臣の表情に思わず笑う。


(夜伽を迎えるということはやはり意味があったな)


 そこへ地下牢の管理をしている家来から連絡が入る。医療班に異変があったとのことだ。逃げたとかではなく、どこからか黒い闇でできた矢が医療班に放たれ、病床の女の子を直撃、そのまま意識が戻らないらしい。城の警備を抜けて矢を放つとはどういうことなのか、そして女の子の容体が気になる。

 会議を終えるとゴルギアスはダフネを連れて地下牢へ急ぐ。そこには医療班のみんなに見守られたまま微動だにしない女の子がいた。

「死んだのか?」

 ダフネも何事かと心配そうな顔をしている。

「いえ、かすかに息をしております。ただ、全く呼びかけには応じません」

「家来の話ではどこからか黒い闇でできた矢が放たれ、それがこの子を直撃したということだが、抜いた矢はどうしたのだ」

「その矢は形は矢ですが実態があるようでない闇の矢で、私たちの目の前で和音の体に入り込んでしまったのです。病気でもケガでもない、医療とは関係のないものです。私たちの手に負えません……」

「我が国より先進の医療技術があるお前たちでもできないことがあるのか……まだ若い子なのにかわいそうなことだ。市外に王立の病院があるが、ここにいる皆をそこへ移して療養させることは可能か」

「もったいないことです。ありがとうございます」

 深々と頭をさげる医療班の人々。和音を何とかしたいと誰もが思っていた。



 ゾーマ国内の人々の話題はもっぱら勝ち戦と怪物のことだ。そして王であるゴルギアスにはそれまでになかったいくつかの案件が持ち上がっている。その一つがパルネス側の統治だ。占領したからといって彼らは奴隷ではない。まずはそこが急がれる。

「お互いに学ぶべきものはあるし、国の産業や教育などいいものはお互いに取り入れたらいいと思っている。私は新しく国を作っていきたい。大臣たちはもっとあくどいことを言っているが、それは子どもの考えだ。大人の私は両国の進化を目指す」

 空中庭園に寝そべりながら思いを話すゴルギアス。しかしそれを聞いているダフネはかなり不満そうで機嫌悪くしている。

「どうぞ、ご自由に!陛下は男の甲斐性物のを作られたんですからね!」

「全く、お前はなぜそう言っていつも私をいじめるのだ。の意味が分からぬのか」

 ゴルギアスの言葉に目をそらし、不機嫌な顔つきのダフネ。

「異世界からきた夜伽に昔話をしてもらったという事実だ。これは嘘ではない。摂政や大臣を騙すためだ」

「……わかりました……陛下を信じます」

 空中庭園ではギルギアスの亡き母の国の植物がたくさん植えられている。つる性の赤い花や時計のような花、棘はあるが気高くて香りがいい花。実がつく植物もあり、それはたくさんの野鳥を呼んでいる。ここだけはほんとにのどかだ。そこへ家来が駆け込んでくる。

「申し上げます!例の怪物がまた現れました。爆発をした山の近く、東の村です」

「よし、わかった。直ちにあの捕虜に討伐させる。小隊も同行せよ」

 起き上がるとダフネとともに地下牢へ急ぐ。途中、ダフネは宝物庫からクトニオスの魔剣をだし、抱えた。


(何という重さなの!こんな金属の塊みたいな魔剣をよく持てるものだわ)


 地下牢ではすでに連絡が入っていたのか剣斗が鎧を着て待っていた。

「現場まで小隊が同行する。頼んだぞ」

 その声に剣斗は一礼するとクトニオスの剣を受け取り、小隊とともに現場へ馬を走らせて行った。



 怪物は相当暴れたらしく、壊れた家やなぎ倒された木々があちこち見受けられる。そればかりではない、人的被害もあり、死傷者が出ていた。その様子から剣斗は怪物が今までの合成獣とは大きさのスケールが違うのではないかと疑った。そしてその疑いはまさに本当だった。そこにいたのは30メートルは有ろうかと思われる怪物がいた。こうもりのような翼と頭を持ち、焼き尽くすかのように口から火を噴いている。火焔竜の如く周りに炎を巡らせ、口から吐き出す火は火炎放射器のようだった。民家や木々を焼き尽くし、逃げ遅れた人々は火に囲まれて悲鳴を上げている。今までと全く比べ物にならないくらいのこの怪物に剣斗は恐怖を感じた。しかし今自分が行動を起こさないと……そのために自分はここに来たのだから……そう肝に銘じて剣をとる。

「はあーっ!」

 飛び上がってまず首を切りおとす。それは簡単に切れたのだが……なんとすぐに再生したのだ。


(違う!これは合成獣ではない、本物の怪物だ!)


 今まで通用してきたことがこの怪物にはきかない。合成獣は元は人間だったというはかなさがあったが、この怪物からは伝わるものは恐怖と破壊と死だ。思わず足がすくむ剣斗。それでもやるしかない。

「うおおおーっ」

 吠えるかのように叫ぶと剣を怪物の胸に突きつけそのまま切り裂こうとした。しかし怪物の巨大な羽は剣斗を弾き飛ばした。宙を舞い、そして地面にたたきつけられる。周りのゾーマ国の兵士が集団で挑もうとしたが次々に払われ、あるいは焼かれる。体を痛めながらも起き上がった剣斗だが再び倒れこんだ。

そして怪物は傷をものともせず、やがて飛び去って行った。


 剣斗でさえ歯が立たなかったという知らせはすぐさまゴルギアスの耳に入る。自分たちでなんとか考えられない大臣たちはネストル司祭の下に駆け込み、神託を伺う。するとネストルは女神像の前にひざまずき、幾度か頷いた。そして口を開いた。

「女神からのご神託は、女の生贄を出せば怪物は現れなくなる、というものです」

 さしもの大臣たちも驚きを隠せない。

「……いままで生贄なんてものは神の御前であってもありえなかったのに……」

 一人の大臣が呟いた。

「怪物は国の危機ですぞ。ご神託は女神の御言葉、受け止めるべきです」

 ネストル司祭は冷たく言い放つ。

「とにかく国王陛下にこのことを伝えねば。しかし誰を生贄にするというのだ……」

 不安を抱えて大臣たちは城へ戻っていった。


 

 城では誰を生贄にするかもめていた。女神の御神託とあらばそんな並の人間ではいけないのだろう。国民の誰が納得して国のために生贄になるのか、人選のやり方さえ前例がないことだけにもめていた。

 負傷した剣斗や怪物に向かって行ったゾーマ国の兵士は医療班で治療を受けていた。火傷を受けたものは冷やし、傷は洗い流し止血された。幸い剣斗は骨折もなく、打身と擦過傷さっかしょうで済んでいた。

「火の、火の怪物なんだ……あれは。渚がいないと討伐できない」

 事前に聞いていた情報を考えてのことだったが、それでも怪物は強すぎた。剣斗は渚も討伐に加えて欲しい、とゾーマ国の家来に願い出る。

 怪物討伐の失敗と生贄の話はゴルギアスをはじめ、後宮にも入っていた。


(剣斗が討伐失敗…?生贄?)


 渚は居ても立っても居られない。

「剣斗はお前も討伐に加えて欲しいと望んでいる。火の怪物だと本人は言っていたが、火の怪物は剣斗では無理なのか」

「おそらく私たちが今まで経験したことがない怪物だと思われます。火の怪物であるなら、私の方が有効に闘えるかも知れません。お願いです。私も討伐に行かせてください。生贄でもなんでも、とにかく討伐に行かせてください」

 ゴルギアスの問いに言い切る。

「よかろう。ただ、お前は私の夜伽だ。まだまだ聞きたい話がある。生贄となるのは私が許さん。必ず生きて帰ってこい」

 それを聞いたダフネは渚を引き連れ、新しい鎧や衣服、そしてポセイドンの三叉槍を差し出した。

「誤解しないで!あなたに死なれると大臣たちが陛下に難癖つけるから生きてかえってほしいだけよ」

「それはどうも……ありがとう」


 渚がそう言って身なりを整えたところへ再び怪物出現の知らせが入る。城の外門ではすでに剣斗が待機していた。その姿に思わず駆け寄り、抱き合う。

「剣斗、無事で良かった……」

頬ずりをしながら自然と涙が溢れてくる渚。

「それはそうと、巷の噂では君が国王の夜伽になったと……!」

 剣斗が一番気掛かりなことだ。

「あなたが心配するようなことは何もされてないから!」

 剣斗の不安を強く否定する。

「心配はいらない。私も証言する」

 こうしてダフネが助け舟をださなければいつまでも剣斗は悶々としていただろう。

「さあ、行くわよ。どんなときでも最後の最後まで共にいる……そうよね」

「そうだとも。最後の最後まで共にいる」


「仲がいいところ、悪いけど早馬が待ってるから急いで」

 ダフネはまたイラついているようだ。

「ご心配なく」

 渚は笑うと天に向かって叫ぶ。

「出でよ、青龍!」

 そして剣斗も

「出でよ、フレイ!」

二人の声に呼応して、天の一点が見る間に大きくなり、龍とドラゴンに変わっていく。その場にいたゴルギアスやダフネ、使用人たちの驚きようはいかばかりか。

「見事な隠し玉……」

 逃げようと思えばいくらでも逃げられただろうに、二人は捕虜であり続けたことを不思議に思った。ダフネも唖然としている。

 二人は怪物が現れている場所へ飛び立ち、兵士たちも馬を走らせる。


 怪物は我がもの顔であばれており、コウモリのような頭をうねらせ、口から火炎を放射している。

「あの怪物は首を切ってもまた再生する。回復能力にキリがない。胸を切ろうとしたが羽の威力で跳ねられた」

「なるほどね、まるでプラナリアだね」

渚はどうしたものか思案した。そんな無限プラナリアみたいな怪物に出くわしたことはない。


(私は水を司る神の守護を受けた者。怪物が火の怪物であるなら水に弱いはず。そうなら……)


 渚は三叉槍を振り上げて叫んだ。

「ウェルテクス!」

 声と共に天から巨大な水の竜巻が降りてきて怪物を直撃する。青龍も口から勢いよく水を噴射し援護する。すかさず剣斗が怪物に斬りかかり、渚が心臓を突く。急所を絶対に外さない三叉槍は確実に怪物を突いた。怪物は雄たけびを上げて体をくねらせ、苦しみだす。そこへ渚の次の技がきまる。

「パゴノ!イグザファニシ!」

怪物はたちまち厚い氷に閉じ込められ、そのまま消え去った。



 後には何事もなかったかのように静寂が訪れた。しかしそれはすぐに破られる。われんばかりの歓声が二人を包んだ。二人は見つめ合い、頷くと片手でハイタッチをする。その後青龍とフレイに乗って再び城へ戻った。


 しかしこのことを疎んじている輩もいた。あのご神託を受けたネストル司祭である。自分が女神に仕える司祭として神託を受けたのに無視された形となったからだ。これでは立場がない。

「女神さまのご神託をないがしろにするとは、なんと恐れを知らぬ奴らだろう。何が起きても知らぬぞ」

 ネストルは女神像の前にひざまずき、さらなるご神託を伺った。


《 女の生贄が必要との私の言葉を忘れてはならぬ。このままではゾーマ国に再び危機が訪れるであろう。また、神への土地や宝物の寄進は信仰心の表れであり、私の力となる。信仰心を形にしなさい。教会をもっときらびやかに作りなさい。それがあなたたちが求める世界であるなら 》


「め、女神様、必ずお言葉通りに致します」

 ネストル司祭はひれ伏して答える。もっと寄付を呼びかけ、集めねば!教会をもっと豪華にしなければ!それが女神への信仰心、何としても言葉通りにしたい。そして生贄を捧げねば!司祭としての何かを失っているネストルは先ほど受けた神託を信者に伝えていった。

 

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