第18話 秘められた力
海底神殿を後にしたミワはそのまま戦線がある方向へ向かう。海底の遺構は過去の事実であり、これから見る戦線は現在の事実だ。そしてそれは大地の左目を通してリタイがオロビア市民にむけて発信する事実でもある。
来るときは海上に薄雲が低く垂れこんでいたのが今では雨雲に変わっていた。雨といっても積乱雲によるものではない。大地の悲しみを気遣うかのような優しい霧雨だ。やがて陸地が見えた。
〈 これより戦線と国境付近の村の様子の確認をする。大地、リタイにしっかり伝えられるようにありのままをみるがいい 〉
「わかったよ、戦況をありのままに伝えよう」
〈 ここがテッタリア戦線だ。国境線はひかれておらず、長年パルネス国とゾーマ国が争い続けている場所だ 〉
眼下に広がるテッタリア戦線。境界線がひかれているわけでもなく、荒涼とした平地が広がるだけである。そしていたるところに爆発による穴や木々の残骸、腐敗が進んでいる遺体などが散らかっている。
「酷い……」
覚悟はしていた大地だったがあまりの光景に目をそむいてしまう。
《 大地、今からあなたの左目を通して映像を市民に送る。周りからあなたたちの姿が見えないように隠すからできるだけ接近して頂戴 》
リタイの声に我に返る大地。
「わかった、そのためにきたんだからな……。ミワさん、もう少し高度を落としてくれ」
ミワと大地は遺体の顔が視認できるぐらい低くテッタリア戦線を飛んでいる。そこがパルネス国陣営であったことがわかるように……。
どこを飛んでもパルネス国軍の姿はない。みえるのはゾーマ国軍兵士の姿とあちこちに散らばるパルネス国軍の遺体やテントなどの残骸だ。
そこへ金切り音とともにミワのそばを何かが飛んでいった。
ズドーン!
パルネス国の西端の村にほど近い場所で大きな音とともに地響きがし、砂塵が巻き上がる。村へ入らせまいと死守していたパルネス国の兵士たちが逃げ惑うのが見える。そのままゾーマ国軍が一団となって村へ侵入していく。
「あれは大砲だ!この世界に大砲があったのか!リタイ、村が危ない!村だけじゃなくオロビア市が攻められるのも時間の問題だ。早く手を打たないと」
《 やはりゾーマ国にもアーテの息がかかっていたのね。いま市民の意識に映像を流している 》
戦線の事実に大地に胸騒ぎが起きる。
(こんな状態で渚も剣斗も……和音も無事なのか……何が前線で何が後方支援なのか全くわからない。機能していないじゃないか……)
そう考えるといてもたってもいられず、とっさに低空飛行しているミワの背中から飛び降りてしまう。
〈 何をしている!早く戻れ 〉
ミワが慌てて促すが大地は聞く耳を持たない。そのまま残骸だらけの戦線を走り抜けていく。
《 大地、戻りなさい。ミワちゃんから離れたらあなたは敵から丸見えなのよ! ミワちゃん、早く連れ戻して 》
リタイも必死に大地に呼びかけるが大地の頭は3人の安否のことでいっぱいでリタイの声が届かない。
残骸と遺体が散らばるパルネス軍陣営。ゾーマ国の先頭の兵士たちは戦線を突破し、すでにパルネス国の最西の村へ侵入していた。大地は残骸の影に隠れながら人の気配を探す。とにかく3人がどうなっているのか知りたかった。折り重なるように死んでそのまま投げ出されている兵士の遺体。中には若い兵士たちもいる。大地はその中に幾人か見覚えのある顔をみつけた。
「……白百合学園の生徒だ……ソポスと同じ上学年の……彼らは前線に配属されないはずじゃなかったのか」
みると学園の生徒だった兵の遺体はあちこちにも見受けられる。遺体の損傷が激しく、顔がわからないものもある。みんなまだ十代だ、あまりにも早すぎる死。
「リタイ、これも現実だ。白百合学園の生徒が……恐らく学徒動員で前線へ送られたのだろう。こんなに無残な亡くなり方をしている。これも市民に伝えてくれ」
《 わかったわ。でも本当にそこは危険よ、早く戻って 》
「ごめん、手がかりだけでも探したいんだ」
リタイの心配をよそに大地は崩れかけている建物を見つけると中に入っていく。そこは椅子やらテーブルやらひっくり返っており、そこでも何人かの兵士が亡くなっていた。ここで作戦会議か何かしていたのだろうか、何やら書き物もあった。そのまま奥へ進んでいくと人の気配がした。
「うう……」
崩れた壁の下から上半身が見える。まだ生きているようだ。大地は駆け寄って全力で体をがれきから出していく。血まみれになり息も絶え絶えだ。
「……あなたはカリアスさん」
大地が助け出したその男は渚と剣斗の直属の上司であり、和音を徴兵したカリアスだった。
「……おまえは……あのときの……」
カリアスは大砲の爆風で建物が崩れ、下敷きになったようだ。出血もかなりある。
「3人は……和音はどうしたんです……無事なんですか……こんな状況で……和音は」
涙が溢れて声にならない。生きていると信じたいが、ただただ涙が溢れてくる大地。
「……渚殿も剣斗殿も……和音殿もみんな捕虜として捕まってしまった……私のせいだ、私がもっと敵の兵器を理解していれば……」
大地の心の中に悲しみだけでなくやるせない怒りがこみあげてくる。
(捕虜だなんて……和音まで……)
「……大地くん、頼みがある……私は死んで責任を取らねばならん……お前のその剣で私をどうか死なせてくれ……今の私では自分で自分を殺すこともできない……剣も持てない……」
カリアスは下敷きになった際にかなりの骨折をしており、立つことも剣を持つこともできないばかりか内臓もやられ、そのままでもいずれ死んでしまうほどの重症だった。
カリアスにしてみればそれでいいのだろう、しかし大地は無性に腹が立った。
「……ふざけるなよ……何が死んで責任だ、あんたが死んだってなにも解決にならないじゃないか!」
大地は泣きながら背中に背負っているフルートを包みから出すと詠唱を唱えカリアスにめがけて一振りした。
たちまちカリアスの骨折や内臓損傷が回復していく。
「立てよ、立ち上がれよカリアス!死んで責任取るなんて言い訳しないで立ち上がれよ!立って戦え!不条理な戦争に駆り出されて死んだたくさんの命をあんたは背負っているんだ。パルネス国はこの戦況を知らされず、軍も壊滅状態だ。あんたがまとめないとこの国は滅ぶぞ……だから立ち上がって戦えよ!」
大地の緊迫した言葉に弱気になっていたカリアスが目覚める。
「……すまなかった。お前の言う通りだ。私は残った軍をまとめることとしよう……回復魔法をお前も使えたとは知らなかった……かたじけない」
カリアスは立ち上がるとじっと大地の顔を見つめる。
「これは魔法なんかじゃない。和音はこのために命を削っていたんだ」
「ミワさん、来てくれ」
大地はミワを呼ぶとカリアスに乗るように促した。
「リタイ、前線で指揮をとっていたカリアスを救出した。壊滅状態の軍を立て直してもらう。アーテから守ってやってくれ」
《 わかったわ。大地ももう帰ってきなさい。市民の意識への操作は無事終わった 》
大地とカリアスを乗せたミワはそのまま急上昇し、雲間に消える。空を飛ぶことも蛇に乗ることも初めてのカリアスは驚きで言葉が出ない。高さの怖さもあり、うろこを必死につかんでいる。
「カリアスさん、言っとくけど本当の敵はゾーマ国ではないからな。この戦争は仕掛けられたもの、それを知ってほしい」
大地はそう言って眼下に見える景色を指さした。
「学園でならったパルネス国の地理は間違っていた。パルネス国よりもゾーマ国の国土は広い。見る限りゾーマ国は都市化も進んでいる。上から見てわかることは多々あるんだ」
「……そうか、そうなのか」
カリアスはまだ空からの景色が怖くて正視できないでいる。それを無理に見せようなんて大地は思ってもいない。ただ、大地は自分の中に変化を感じていた。
(さっきは怒ったのは久しぶりだったな……本当に。小学生のころから怒らないようにしていたからな……)
まさかカリアスに対してあんな態度をとれるとは思ってもみなかった。小学生のあの頃から…そう、大地がキレまくって暴れ、学級を崩壊させたあの頃。長い間怒ることを忘れていた。それは『よい子』であるために。しかし海底神殿に降り立ったときに確実に変化はあったのだ。
ミワはそのまま迷いの森へ入り、大地とカリアスを下ろす。そこにはすでにリタイとティマイオスたちがいる。何事かと不安げなカリアスにリタイは手を差しだし、手を握る。ただの握手ではない、これはリタイの技なのだ。アーテから守るためのいわゆる『術』だ。
「パルネス国軍をまとめてください。アーテからは私が守ります。本当の敵はゾーマ国ではなく、アーテだということを忘れないで」
リタイの言葉にひざまずくカリアス。組織の力は少しずつ前進している。
「リタイ、ミワさん、さっきは勝手なことをしてごめん。渚も剣斗も和音も捕虜としてゾーマ国へ送られたようだ……折を見て助けに行ってもいいか」
「気持ちは理解した……計画をたてて助けにいきましょう」
リタイの声に救われる思いだった。本当なら今すぐにでも助けにいきたい。しかしまだ情報も何もわかっていない。やるせない気持ちを抑えながら大地はリタイの言葉に従ったのだ。
過去と現在のそれぞれの事実を目の当たりにした大地は怒りと悲しみが入り混じって体中に何かしら力がめぐっていた。
〈 大地よ、和音が命を削って使ったあの『魔法』をお前はどうやって使ったのだ? 〉
「俺は命を削ってはいないし魔力なんてもってもいない。これは俺に秘められた力だ……」
〈 海底の事実に少しは思い出したのだな…… 〉
「ああ……少しだけど思い出した……」
そう言うとまた悲しみがこみあげてきて涙が止まらなくなる。
「……和音はこのことをすでに知っていたんだよ、だから詠唱の謎を総譜に託したんだ……」
〈 早急に助けにいかねばならないな…… 〉
ミワの言葉に声をあげて泣き続ける。一人で今受け止めるにはとても重い感情だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます