第16話 テッタリア戦線③

 ゾーマ国が女神からの神託を受けて作った遠距離攻撃兵器「大砲」を各所に配備してからは、もはや接近戦優位のパルネス国軍は後退の一途をたどるしかなかった。テッタリア戦線はすでに9割がたゾーマ国の手中にあり、パルネス国が死守している1割の後ろには国の最西の自治区である村が存在している。これまで山が爆発するという認識もなく、長い間生活をしていた人々は突然の噴火に見舞われ、生活の基盤である住居や畑、家畜などたくさんの被害を受け、国の支援を受けて再建中だった。しかしそれも戦況の悪化に伴い、ままならぬ状況にある。それでもそこを死守しなければパルネス国の首都オロビア市に攻め入られるのは時間の問題となる。戦線にいるパルネス国軍にそれ以上の撤退はありえなかった。

 多くの兵士に被害が及び、戦闘力は激減している。そこへカリアス大隊長の下へ伝令から連絡が入る。


「何……白百合学園の学徒がこちらに来るのか?彼らは戦線には来ないはずではなかったのか?」

驚きを隠せないカリアス。

「国王はここを何としても死守せよとのことで、他の後方部隊へ配属されていた学徒をこちらに回すよう命ぜられました。そして、これは海上の作戦に出ていた部隊の話ですが、船でゾーマ国への上陸を図っていた部隊は遠距離から爆弾で狙われほぼ壊滅したということです。学徒は全員戦死。一隻の船だけが沈没を免れて逃げ延びたとのことです」

「ここでも我々を苦しめているあの遠距離攻撃が他でも使われていたのか。学徒が全員戦死?何ということだ。」

 カリアスはゾーマ国の遠距離型攻撃である大砲に苦しめられている。遠くから攻撃されるとなると遠距離型の兵器を持たないパルネス国は全く手の打ちようがない。

「学徒の配属を感謝する。そう伝えてくれ」

 カリアスが言うと伝令は颯爽と早馬を駆けらせて行った。


(この戦争は何の意味があるのかわからなくなることがある……それなのに若い学徒の命を預かっていいものだろうか……)


 大隊長という立場でこのような弱気なことを考えていては厳罰ものだろう。しかしそう考えてしまうほどカリアスは追い込まれていた。これ以上戦線を撤退するわけにはいかない。ここで守らなければ村、そして首都オロビア市がゾーマ国の手に落ちる。何としてもくい止めたい。しかし大砲に対抗するものがない。せめて敵地へ行き、大砲の部隊を叩くことができたら……そう思っても、そもそも兵力も激減している。

 回復途中の兵士はどうだろうか。カリアスは後方部隊へ足を運ぶと回復途中の兵士たちの様子を見に行く。そこではパイエオン医師やパナケイアをはじめとする看護師、そして回復魔法を使う和音がいる。

 後方部隊のテントでは回復しきっていない兵士があちこち見受けられた。回復しきっていないといういうことは痛みが残っているということでもある。うめき声や顔をゆがませて苦しむ兵士が数多くいる。そしてこの状況は周りの人々は知らないことだが、大地が総譜の謎を解いた時から始まっている。


(大地くん、やっと総譜のなぞなぞの答えがわかったんですね。私はこうなってしまったけれど、大地くんならその力を使いこなせるはず)


 一人の兵士を怪我から回復させるために和音が魔法をかけている。あの幼さが残る顔立ちの和音の姿は見る影もなく、やせ衰えて腕は枯れ木のように細くなっていた。声も以前に増して弱弱しくなっており、和音の方が病人では、と思えるほどだ。一緒に働いているパナケイア達はその姿の変容や魔法でも回復しきれない状態が続いていることに何かおかしいと思っているのだが、おかしいと思っても何をどう対処すべきかわからず、目の前のけが人の処置に追われていた。


「負傷兵の様子はどうだ、まだ戦線にでられないのか」

 カリアスは戦線に来た当初と医療班の様子が変わっていることに気づく。兵士たちが所狭しと横たわり、回復しきっていない様子で苦悶の表情を出している。そして何よりも和音の様相だ。

「すまない……和音殿。君の力に皆が頼っていることはいなめない。君をこんな姿にしたのは私の責任だ」

 カリアスにも帰りを待つ家族がおり、年頃の娘もいる。同じような年齢の和音を戦争に巻き込み、ここまで苦労をさせているかと思うと情けなさでいっぱいだった。

「私は大丈夫ですよ……まだ働けます……」

 そう言いつつも和音の声は以前よりも細く小さくなっていることは隠せない。もはや気力で動いているという感じだ。

「無理はするな。今日は休め」

 カリアスの促しに頷く和音。

「パナケイア、今日一日和音を休ませろ。これでは和音が倒れてしまう」

 そうカリアスがパナケイア看護師に言ったとき、和音がカリアスにもたれかかるように倒れた。あわててカリアスが抱き上げて簡易ベッドに寝かせる。本当に体が軽く、小枝のようにやせ細っていた。


(こんな状況で白百合学園の学徒もこの戦線へ来るというのか……)


 今さらに大隊長という立場が重すぎる。カリアスはその場を後にすると学徒の受け入れ準備を部下に命じた。

 戦線のパルネス国の戦力は当初よりかなり落ち込んでいる。負傷した兵士が回復しきっていないことと、遠距離型の攻撃手段である大砲に苦しめられており、それ以上に亡くなった兵士も数知れない。それを補うために白百合学園の学徒が入ってくることも認めざるを得ないのだ。

 カリアスも今となっては指令を出すだけでなく、渚や剣斗達と同じようにゾーマ国を自ら迎え撃つようになっている。徴兵されてくる兵士は教練過程を得ていない者が多く、普通に剣術を学んだだけというレベルだ。白百合学園の一部の学徒も同様で、そのまま渚と剣斗他の小隊に配属がきまった。

「学徒は習い事として剣術を学んではいるが、当然のことながら実践はない。こんな状況で迎えるのは心苦しいものだが君たちも受け入れてほしい。」

 カリアスは受け入れをするいくつかの小隊長に話す。

「大地と同じような年齢の学徒が来るというわけね。」

 渚と剣斗も大地が本当は上級学年であるのに手違いで和音と同学年になってしまったことを知っている。

「何としても彼らを守らなければならないな。」

 剣斗自身も元いた世界では大学生という立場だ。戦争といういわば大人の都合で学問の機会を奪われるのは理不尽である。大学にいたころ、そんな思いを一度でもしただろうか。目的もなく退屈しきっていたあの頃の生活が今となっては腹立たしい。この戦争で剣斗自身が学ぶものもたくさんあった。


 夜には学徒を乗せた馬車が次々とやってきた。学徒たちはそれぞれの配属先に分かれて自分たちのその後の動きを確認する。武器も悪化した戦況によって需要と供給が追い付かなくなり、当たり前のように自前である。渚の三叉槍や剣斗のクトニオスの魔剣は別としても、国からくる配給は戦線を守っている軍であっても滞りがちになっていた。確かな補給路が最西の村を通るルートしかなく、その村が火山の被害から復興途中であることからインフラもまだ整備されていない状態であるためだ。

 学徒たちはさすがに国費で学んでいる上級生とあって、そうしたことをすでに理解していた。ただやはり前線で生死をかけて行う実践は未経験である。渚と剣斗は自分たちがかつて同じ思いをしているので、学徒たちの不安を受け止めておこうと思った。できるだけ彼らを守っていこうと決意した。

 その夜、カリアスは現在残っている中隊・小隊長を集め、学徒を加えてどのように迎え撃つか話しあった。渚と剣斗の中隊長はすでに戦死しており、二人がその役目を兼ねた状態である。何万人もいたテッタリア戦線の部隊は今では学徒を合わせても二千人にも満たない。そしてこれは回復中で戦線に出られない負傷兵の数も含まれている。開戦当初は負傷しても和音がたちまち回復させてすぐに戦線に出られるように、との国王の目論見だったが、それは魔力を持たない、魔力を使えない、魔力を使わない聖職者アウラを前世にもつ和音にとってはその力の出どころは自らの命しかなく、その目論見通りにはいかなくなっている。そして和音の力の出どころについては総譜の秘密に気が付いた大地と和音自身しか知らないことなのだ。

 ゾーマ国にどう向かっても遠距離型攻撃の大砲にはかなう武器がない。弓矢の心得があるものを部隊として加えてみたが、そもそも大砲とは攻撃できる距離が違いすぎる。

 密かに海側から潜入し、ゾーマ国内から攻撃する作戦は伝令が言ったように壊滅している。どう戦線を守ったらよいのか誰もがその策を思いつかない。結局はゾーマ国の兵士が来た時に接近戦でやるしかないのだ。


 会議の後、渚は空を見つめてつぶやく。

「この戦いに勝つには空から攻撃するしかないだろうね。あの大砲も空から狙えば恐れるものではない、それはわかっている。だけど青龍は神の眷属、戦争に加担するのは不本意だろう。大砲の対策がわかっていても言えないのは心が痛い……これだけの戦死者がいるのに……」

 その思いは剣斗も同じだ。剣斗のドラゴンであるフレイは神の眷属ではないが、もしフレイを戦争に使ったらたちまち軍部は兵器としてみてくるだろう。フレイは兵器ではない、生き物なのだ。

「でも、本当に助けが必要なときは呼ぼう。戦争に正義なんてあり得ない。青龍もフレイも人のために働くというのは間違いではないからな」

 剣斗の言葉に頷く渚。夜空には上弦の月が西に傾いていた。


 翌朝、いつ来るかわからない大砲の攻撃に備えて粗末な雑穀パンと湯冷ましの水でお腹を満たした兵士たちは、戦線を体制を組んで守ることはせずに分散してゾーマ国軍の侵入に備えていた。それまでの経験から体制と組むと標的にされやすいということがわかっていた。

「来た!砲弾のルートから離れろ!」

 金切り音とともに大砲が撃たれる。


ズドーン!

 

 一発の砲弾がカリアスがいるテントに着弾する。バキバキっと音を立てて崩れるテント。カリアスが実践経験がない学徒を少しでも後方へおこうと再検討をしようとしていた矢先のことだった。その場にいたカリアス他数名の中隊長ががれきの下敷きになる。

「うぐぐ……」

 煙が立ち込める中で事切れる兵士たち。カリアスはテントの柱やがれきの下敷きになり、激痛に見舞われる。声を出そうにもでない。

 やがて多くの兵士たちの声が聞こえた。内容からゾーマ国軍だということがわかる。


(私はここで死ぬのか……)


 自分の死を覚悟するカリアス。そこへ聞き覚えのある声が入る。

「私たちの小隊に手を出すな。殺すなら私を殺すがいい!」

 渚の声だ。渚はゾーマ国軍から自分の小隊の兵士を守ろうとしている。

「小隊の兵士はまだ学生だ。戦争に巻き込むわけにはいかない!」

 剣斗の声。

 大砲で攻撃をし、体制が崩れたところをゾーマ国軍が攻め入ってきたのだ。


(何ということだ。身を挺して部下を守る気でいるのか……)


 カリアスは死力を尽くして声のする方をみた。体は動かせないが瓦礫の隙間から渚がと剣斗がそれぞれの武器を持って学徒を守ろうとしているのが見える。


「待て!三叉槍を使う女の隊長と魔剣を持つ男の隊長……彼らは国王が探している怪物の討伐組だ!殺すな、生かして連れて帰れ」


 ゾーマ国軍の隊長らしき声の主が部下に命令している。


「我々はお前たちを殺しはしない。その代わり捕虜として国へ来てもらう。国王が討伐組のお前たちを探している。それを受け入れるなら君らの部下も殺さず捕虜としよう」


 その声に二人が手にしていた武器を下ろす音が聞こえた。そして遠くからまた別の男の声が聞こえた。


「後方のテントで医療班を見つけました。回復途中の兵士を含め、医師や看護師、そしてやせ細っていますが女の子の病人もいます。彼らをどうしますか」

 パイエオン医師やパナケイア、そして和音も見つかってしまったようだ。いよいよ和音を戦線へ連れてきてしまったことの罪悪感にさいなまれる。

「パルネス国の医療は我々よりも進んでいると聞く。かまわん、生きている者はみんな捕虜として連れていけ」

 その声にたくさんの兵士が動いていく音が聞こえる。やがてカリアスの視界から光が消え、意識を失っていった。

 

 この日完全にテッタリア戦線は破られ、ゾーマ国軍がパルネス国最西の村に進軍していった。火山の噴火の影響で復興途中だった村を守るべき若手や男がいない。国の支援がなくては生活ができないこの村をゾーマ国軍が占領へ一歩進めたのだった。

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