第26話、桜

今年も、桜が咲いた。

忘れかけていた、時の移ろいを私に気付かせるかの如く、かくも鮮やかに。


見事なるは、美しくも蒼き、虚空なる空を背負いて咲く、その粋である。

渦中に憂えい、世情を忘れかけていた、我が心……

その心情を貫きたるかのように、満開にて、その花芯は咲き誇る。


今年も春を迎えた。

過ぎたる一年は、早幾年……

薄紅色の華を見ゆるに、しばし、私は無の境地を想った。


今年の桜を、見る事叶わずして世を去った母。

穏やかなる華色に、花好きな記憶が想い起される……


一片舞う小さな花弁に、旅立って逝った母の微笑む面影を、遠くに覚えた私だった。

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