第25話、母、逝く。

「 容体が悪そうなんだわ。 今、病院から連絡があってな 」


 2日前の水曜の夜、9時過ぎだったろうか、親父から携帯に連絡があった。

 昨年の秋、脳梗塞で倒れ、入院していた母。 数年前から認知症が進み、会話もおぼつかないところへ拍車を掛けた状態での入院だった。

 何とか年を越し、具合も落ち着いて来てはいたのだが、その矢先の急転直下。 慌てて車を飛ばし、病院へ駆け付けたのだが… 一足遅く、母は85年の命の灯をそっと消し、逝った後だった……


 親父と、母の弟にあたる叔父貴が、ベッド脇にあるイスに腰掛け、力無く母を眺めていた。

 叔父貴が言った。

「 俺らも、間に合わなんだわ…… 」

 母の手を握ると、まだ、ほんのりと温かい。

 額に手をやり、幾分、伸びた白髪に手櫛を入れた。

「 誰にも看取られずに、1人で逝きやがって…… 」

 そう呟く私。

『 なぁ~にぃ~、アンタか。 今日は、何だぁの? 』

 いつもの母の声が、耳元に響いた。


 葬式を出した事の無い、我が家。 親父は91だが、未だ元気だ。

 従って、葬儀に関しては何の知識も経験も無い。 年齢的に、葬儀に参列した経験は、それこそ数え切れない程あるのだが、喪主・施主になった経験は親父も無い。

 どうして良いか、まさに手探り状態だったが、何となく『 そろそろ 』かな? と思い、それなりに調べていたので、まずは病院側の説明通りに行動。

 葬儀屋を選択し、電話。 車を用意してもらい、自宅へ、母を運んでもらった。


 その日は、仮通夜。

『 あやちゃん( 私の娘 )を、風呂に入れたらんとイカンで、はよ帰りたい 』

 いつもそう言っていたので、葬儀場ではなく、自宅へ帰らせた。


 いつも横になっていた場所に、母を安置する。

 そっと、顔に掛けてある白い布を取った。


 闘病疲れで、やつれた母の顔……

 呼吸器等の管を付けていた為、開いたままの口が可哀そうだった。



 仮通夜を済ませ、翌日は母を葬儀会館に移し、通夜。

 おくりびとの方々が、やつれた母の顔に化粧を施し、髪を整え、開いたままの口を揃えてくれた。

 お棺の中で、まるで眠っているかのような安らかな表情……

「 ……おい、お袋 」

 起きそうな表情だったので、思わず声をかけてしまった。

 おくりびとに、感謝。


 死亡届の提出と同時に火葬許可を申請し、書類を揃える。 この辺りの業務は斎場業者に委託する手もあるが、自分で調べ、行った。

 その他、斎場との間には、決めなくてはならない事が山ほどある。

 弔問者が途切れる夜半過ぎ、親父は葬儀場が控室に用意してくれた布団に入り、寝入ってしまったので、スマホ片手に通夜が行われている会場前のホールにあるソファーに座り、葬儀の慣例・式をしてくれる寺の選択や、しきたり・式次第の確認などをした。( 充電ケーブル必須 )

 2日連続の不眠を慣行しつつ、検索。 いつしか、朝を迎えた。


 葬儀は、弟夫婦なども手伝ってくれ、初めての経験でバタつきながらも、何とか終了。

 火葬場からの帰り、骨壺を膝の上に乗せて車に揺られたが、その振動で骨壺の中のお骨が、カタカタと鳴った。 その音を両手に感じ、小さくなった母が、何か語り掛けているようで… 無性に、涙が頬を伝った……



 もう、母は居ないんだ……

 その感覚は、葬儀後、2日・3日と経つと、じわじわと心に感じられるようになった。


 仏教では、『 魂は永遠のもの 』と考えられ、わずかな時、『 体 』という不便なモノに宿り、『 ヒト 』としての時間を過ごす。

 修行をし、勉学に励み、人としての身を立て、そして、時が経てば『 体 』から解き放たれ、再び浄土を旅し、如来の導きにて、いつの日かまた『 ヒト 』として生まれ変わる。

 魂は、永遠に輪廻して行くのだ……

 母は、『 人 』としての柵( しがらみ )から解放され、苦しみも憂いもない『 魂 』となった。


 しかし、私は寂しい……

 心の中の花芯の花弁が、はらりと一片、落ちたような感覚である。

 自宅の居間に設えた、仮祭壇の上… 微笑む遺影を前に、しみじみと想う。


 母はもう、居ないのだ……

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