第6話、『 遥かなる君と 』

「 よう、久し振りじゃないか! 」


 所属している楽団の練習後、会館ロビーにいた私に、声を掛けて来た男性がいた。

「 …え? 〇〇君!? 中学の同級の… 」

「 そうだよ! 懐かしいなあ~! 」


 当時14歳だった私は、イジメに遭っていた。

 身長が低い…… ただ、それだけの理由。

 加えて、おとなしい性格だった為、何をしても突っ掛って来る事は無い、と思われていたのも加味されていたと思う。


 クラスのほとんどが、面白半分に私を無視した。

 プロレス技の練習台にされたり、濡れた雑巾をイスの上に置かれたり、突然、後ろから蹴りを入れられ、階段から落とされたり( 今だったら、訴訟沙汰 )、上靴の中に画鋲を入れられたり……


 ……毎日が辛かった。


 しかし、私の心境に気付く者などは、誰1人としていない。

 皆、『 冗談のつもり 』だったのだ。 …そう、『 遊び 』だったのである。 


 自殺してやろうと思い、遺書を書いた。

( アイツには、こんな事をされた。 アイツには、こんな事を強要された。 アイツは、こんな罵声を浴びせ掛け、罵った )

 イジメの内容、主犯格人物・イジメのレギュラーメンバーの名を、B5のメモ用紙に列挙して……


 そんな中、クラスでただ1人、イジメ・無視の輪に与しない人物がいた。

 それが、頭脳明晰で、当時、学級委員などをしていた『 彼 』である。


( 彼が、クラスの連中たちと、徒党を組むようになったら自殺してやろう )


 私は、そう決めた。

 日々、どうやって死ぬか…… それだけを思案・模索する毎日。

 校舎の屋上や、踏切の前に立った事も、2度や3度では無い。

( どうせ、いつか彼も、クラスの連中に感化されるだろう… )

 私は、そう考え、覚悟を決めていた。


 …だが、彼は私を裏切らなかった。

 

 卒業を迎えるその日まで、いつも変わらず、常に、私に笑顔をくれた。

 遂に、私は、自ら命を絶つ事は無かった。

 …そして、今、現在を生きている。


 彼のお陰だ。


 中学卒業後、彼とは、19歳の頃に電車の中で再会したが、その後、逢う事は無かった。

 同窓会の案内が、10年単位くらいで自宅に届いたが、辛い記憶がある時代の連中なんかに、会いたいと思う事など、ある訳が無い。


 …それから、数十年の月日が流れた。


 彼の事を忘れた事は無かったが、時間が止まったままの彼の肖像は、私の心の中で、次第にセピア色に変って行った。 彼の、顔の輪郭の記憶と共に……


 ……だが彼は、真っ直ぐに私の所に歩み寄り、声を掛けてくれたのだ。 数十年振りの再会だと言うのに、遠くにいる私を見つけ、認識してくれたのだ……!


 イジメと彼の存在の話は、幾度となく、妻にも話していた。 偶然、側に妻もおり、彼に妻を紹介する事が出来、感無量である。


 彼がいたからこそ、今の私がある。 家庭がある……!


 今だからこそ、思える。

 生きていれば、いつか巡り逢う命がある。 芽生える命がある。 迎える人生がある。

 持つべきものは、友だ。


 彼に、心から感謝したい……

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