第5話、『 帯状疱疹 』 病、患った春。
あれは、いつの春の事だったろうか。
私は、経験の無い、得体の知れない病気にかかった。
桜の小さな花弁が、薄青い空に舞う、ゆったりとした季節……
心弾む季節を迎えた嬉しさとは裏腹に、私は、その病の不気味さを知る。
『 帯状疱疹 』
仰々しい病名であるが、最近、若い人にも多く発病するそうである……
新しい季節と共に、新生活を開始する人も多い事だろう。 慣れない環境にて、心因的なストレスから鬱状態へとなってしまう人も多い。
反対に、頑張り過ぎて体を酷使し、気が付かないうちに免疫力が衰えてしまう人もいる。
私の場合、後者だった。
最初は、小さな発疹から始まった。
患部は左腰の上部。 自分では見えないが、入浴の時に服を脱いだ際、妻が気が付いた。
「 どうしたの、これ? 」
「 ん? そう言えば、何か… かゆいな 」
指先に触れると、親指の爪くらいに膨らんでいる。
「 湿疹かな? 」
その程度だった。
翌日、その腫れ物は、大きくなっていた。
「 水脹れになってるよ? 」
「 軟膏を塗っておくか 」
左足太ももの、前部表皮がピリピリする。 ズボンが擦れると、ぞわぞわとした違和感を覚える。
…何か、おかしい。
翌朝、出勤しようとして着替えている時、左足を見て愕然となった。
幾つもの赤い発疹が無数に出来、それらが水疱となってつながり合い、腫れ上がっている……!
仕事が終わって帰宅し、妻に見せたら悲鳴を上げた。
「 明日、仕事が終わったら病院に行って来るわ 」
自分から病院行きの意思表示をしたのは、何十年振りだろうか。 20歳代の営業時代、心因性十二指腸カタルで入院したのと、土木業務時代、過労が原因で現場で倒れ、意識を失って緊急病院に搬送された事を除き、ほとんど病院には行った事が無い。 腰を痛め、鍼医者に行った事はあるが……
大抵の人が、幼年期に 『 水疱瘡 』 を経験する。 水疱瘡は完治しても、実は、そのウイルスは、体内の神経節などに潜んでいるのだそうだ。
健康体の場合、抵抗力があるので、ウイルスは大人しくしている。 だが、極度の過労やストレスで抵抗力が急激に低下すると、ウイルスは再び、数十年間の眠りから目覚め、突如、体内で暴れ始めるのだ。 これが帯状疱疹である。 神経に沿って発疹が出来るので、右・左半身の、どちらかに出来る。 私は左半身。
ここ数ヶ月間、とにかく疲労感があった。 朝、4時代の早出、10時休憩・3時休憩・昼休み無し、残業…… 業務は確かにハードだった。
医師の説明によると、発疹と痛み・かゆみに始まり、水疱が出来て潰れ、
「 3日ほど、仕事を休んで下さい。 休養が必要です 」
医師は、そう言ったが、休めるハズが無い。
その事を告げると、しばらく考え込み、やがて私を見据えながら言った。
「 …医師として、宣告はしておきましたからね? 」
ウイルスに対する抵抗力をつけないと、絶対に完治はしない。 たかが水疱、とナメていると悪化し、慢性となる事もあるのだそうだ。
運良く完治した後も 『 疱疹後神経痛 』 を併発し、数年間、その痛みに悩まされる事になるとの事……
とにかく、早めに床に入り、睡眠時間を多く取る事にした。
しかし、この時期、花粉の絶頂期である。 夜中か、明け方には鼻 ( 両方 ) が詰まり、呼吸困難で目が覚める。 たまらん……!
神経系の病気なので、足首や股関節も痛い。 足の表皮のピリピリ感も相まって、左足を引きずるようにして歩く。
発疹は口腔内にも出来た。 歯が当たって痛く、おまけに食事の度に、何度も噛んだ ( ものごっつ、痛い )。 辛いのぅ~……!
抗ウイルス剤を飲む毎日が続いた。
毎夜、妻が背中に軟膏を塗り、患部を保護する為の脱脂綿を取り替えてくれたりした。 感謝、感謝… 妻よ、愛しているよ……!
発病後、2週間目に入り、患部はやっと瘡蓋状態となった。
「 仕事を休まず、休養を取らなかったわりには、結構、早い回復ですね。 もう、飲み薬も軟膏も要らないですよ? 」
医師から 『 全快宣言 』 を頂いたが、足のピリピリ感は、それから3週間ほど続いた。 5月に入る頃には、随分と楽にはなって来たが、まだまだ、違和感があった。
昔は、『 帯状疱疹になったら死ぬ 』と言われていたらしい。 それほど大病だった訳である。
食糧事情も劣悪だった時代… 栄養価の高い食べ物など無く、滋養強壮の手立ても限られていた。 不衛生な環境も加味し、帯状疱疹を発症した人は、ほとんどが帰らぬ人となった。
当時、勤務していた会社に数人の年配社員がいたが、その内の1人に「 帯状疱疹になった 」と話したら、「 あんた、死ぬぞ…? 」と言われたのを覚えている。
今は、良い薬もあり、衛生状態も良い。
現代で良かった……
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