意外なお客さん②

実家に帰って1ヶ月ほどが過ぎたある日。


「樹里亜、お客さんだけど・・・」

部屋を覗く母さんの様子がおかしい。


「誰?」

「山口さん」

山口さん?

って、誰?

私は山口さんが思い当たらない。


「ほら、以前お見合いをした」

ああああ。

思い出した。

でも、なぜ?


「とにかく上がって頂くから、あなたも出てきなさい」

そう言うと母さんは足早に去って行った。



それにしても、山口さんがなぜ?

確か、東京に行って少しした頃にメールで『家を出てしまいもう会えなくなりました』と伝えたはず。

さすがに妊娠の話しはしていないけれど・・・怒ってきたのかなあ?


***


幾分怪しみながらリビングに出ると、本当に山口さんがいた。

スーツ姿で、以前と変わらない姿。


「こんにちは樹里亜さん、お久しぶりですね」

立ち上がって笑顔を向ける。


「こんにちは。その節は失礼な態度を取って、すみませんでした」

私も頭を下げた。

その後、母さんも「娘が失礼なことをして」と詫びようとしたけれど、

「何も失礼をされた覚えはありませんよ。僕が勝手に樹里亜さんを追いかけていただけですから」

山口さんは全く気にしてない様子。

私も母さんも黙ってしまった。


「もしかして、僕が突然お邪魔したから文句を言いに来たと思われました?」

「いえ・・・」

とは言いながら、実際何をしに来たんだろう。


「メールで一方的にお別れを言われてしまったから、ちゃんと顔を見た挨拶をしたかったんです。ごめんなさい、迷惑でしたか?」

「そんな、こちらこそすみません」

もう1度頭を下げた。


「私、昼食の用意をしますね。山口さんお昼はまだですよね?」

母さんが急に席を立った。

ええ?

確かに今は午前11時。

だからって、

「どうぞお構いなく」

山口さんもまんざらでもない様子。


台所へ消えていった母さん。



「気を遣わせましたね」

山口さんが口にした。

はあ、そういうことか。


「体は大丈夫ですか?」

「・・・」

急に言われて、答えが出てこない。


「樹里亜さんが急に家を出られたと聞いて、連絡先も言えないと言われれば、大体想像できますよ」


確かにそうかもね。

たくさんの子供達を相手に仕事をしている人だもの、勘は働く方だろう。


「彼とは別れたんですか?」

「・・・」

「一人で暮らしていく気ですか?」

「・・・」

私は何も答えられない。


「安心してください。僕は文句を言いに来たわけでも、あなたを誘いに来たわけでもありません。ただ、ちゃんと顔を見てお別れしたかったんです」

いかにも山口さんらしい。


「今までありがとうございました」

「こちらこそ、楽しかったです。ありがとうございました」

山口さんが右手を差し出し、握手をした。


***


その時、

ガチャガチャ。

玄関の開く音。


あっ、梨華だ。


梨華は昨日の夜から帰ってきていない。

いわゆる無断外泊ってやつ。


ドタドタと足音が聞こえて、

「あなた、何してたのっ」

母さんの叱る声。


「いいじゃない。金曜の夜くらい羽を伸ばして何が悪いのよ」

梨華も言い返す。


ああああ、お客様なのに。


「ちょっと、すみません」

私は山口さんに断わって立ち上がった。



「もー、何してるのよ。お客様なのよ」

私自身も苛立った声を上げた。

「お客様?」

梨華が不思議そうな顔をする。

「樹里亜のお客様なの。だから、話は後で」

小声になった母さんが梨華に言う。

「誰よ?」

興味津々の梨華は私の耳元で声をひそめる。

ったく、野次馬なんだから。


「お見合いの相手」

「お見合い?」

チラチラとリビングを覗こうとする梨華。


「やめなさい。行儀が悪い」

「何でよ、いいじゃない。それに、何しに来たの?怒って怒鳴り込んできたとか?」


「梨華っ。いい加減にしなさい」

母さんが梨華を叱った。

本当に梨華ときたら、いつまでたっても子供なんだから。


しかし、次の瞬間。


***


「あの・・・」

山口さんがリビングから出てきた。


そして、梨華と目が合って、


「お前・・・」

「先生」

二人は黙り込んだ。


んん?

どういうこと?


「知り合いなの?」

母さんが梨華に尋ねた。

「う、うん」

梨華にしては歯切れの悪い返事。


「妹をご存じなんですか?」

私は山口さんい尋ねてみた。


「ええ、彼女が高校時代に教えていました。担任は持っていませんでしたが、生徒指導をしていて何度も顔を合わせていたんです」

生徒指導ねえ。

梨華の渋い顔も納得できる。


「まあ、とにかく部屋にどうぞ。梨華も来なさい」

母さんに言われ、

後ろの方で、梨華が「えー」と言っているのが聞こえた。



「なんだか聞き覚えのある声がしたので、つい出て行ってしまいました。すみません」

「いえ、こちらこそお見苦しいところを」

母さんと山口さんが大人の会話をしている。


梨華は仏頂面。

すぐにでもここから逃げ出したそう。

それなのに、山口さんは梨華の方に視線を向けた。

「ところで、竹浦は朝帰りなの?」

「えっ」

梨華の表情が固まった。


「無断外泊ってこと?」

「それは・・・」

何々、梨華がおかしい。


「お前高校卒業するときに約束したよなぁ。大学に行って真面目になります。もう2度と心配をかけるようなことはしません。あとなんだっけ?」

「もー、やめてください」

梨華が必死に止める。


母さんも、私もあっけにとられ、

梨華は顔を真っ赤にして口ごもり、

山口さんはジーッと梨華を見ている。


***


「どういうことなんだ。無断外泊して親に心配かけて、謝りもせずに、羽を伸ばして何が悪いかだと?ふざけるなっ」


うわー、怖い。

大樹や父さんのように一方的に怒鳴るんじゃなくて、強弱をつけて理詰めで来られるから余計に怖い。

見ると、梨華が泣きそうになっている。


「あの山口さん」

さすがに母さんが口を挟んだ。


「ああ、お母さん。突然怒ってすみません。でも、梨華さんとの約束なんです」

「約束?」

「ええ。あの当時梨華さんと数人の仲間は出席日数もギリギリで、素行にもかなり問題があったので、普通だったら卒業は難しかったんです。でも、何度も何度も面談する中で、ご家庭の事情も聞き、彼女の気持ちも聞きながら、『大学に行ったらちゃんと真面目になって、親にも心配をかけない』と約束して卒業させたんです」

へー、そんなことがあったんだ。


「確かに、生徒指導の先生に大変お世話になったと聞きましたが、あなたが・・・」

母さんも懐かしそうに当時を振り返る。

「はい。僕も教師1年目で燃えていましたし。で、竹浦何か言うことは?」

梨華に向けては再び厳しい顔になる山口さん。


「・・・」

だからって、素直になれる梨華でもない。

「いい加減にしろよ。本気で怒らせたいのか?」

ジッと睨む山口さん。


梨華はうつむき、小さな小さな声で、

「黙って外泊してごめんなさい」

珍しく謝った。


どうやら、山口さんは梨華の弱点見たいね。

その後も終始借りてきた猫のようで、

かわいいなあと思いながら、私は梨華を見ていた。


***


その後、母さんの用意した昼食をみんなで食べて、私は山口さんを送りに出た。



「梨華の姉と分かっていて、私とお見合いをしたんですか?」

駅までの道を歩きながら、気になっていたことを訊いてみる。


「知っていました。竹浦からお姉さんの話は聞いていましたから、正直会ってみたいとも思っていました」

隠すことなく、山口さんは認めた。


梨華から私のことを?

何を言われていたのか、考えただけでも恐ろしい。


「樹里亜さんはご自分のことに随分コンプレックスを持っていたんですよね?」

「えっ?」

突然そんなこと言われても・・・


確かに、私は養女。

梨華のように実子だったらどんなに良かっただろうといつも思っていた。


「竹浦も同じなんですよ。いつもあなたが羨ましくて、両親はいつもあなたを見ているような気がして、反抗することで自分の存在感を出そうとしていたんです」

はああ?

私は足が止まってしまった。


「そんなバカな」

つい、言葉に出てしまう。


「本当です。良かったら、どこかで座りましょう」

「ええ」

私達は近くのカフェへと入った。



「竹浦は勉強もスポーツも苦手ではないんです。でも、勉強の出来る兄や姉と比べられたくなくてわざとしていなかった。夜遊びだって、ご両親に振り向いて欲しいからだったんです」

運ばれてきたアイスコーヒーを片手に、山口さんが当時を振り返る。


確かに、梨華は小さい頃から足が速かった。

勉強も中学まではそこそこの成績だったはず。

それに、私だってそんなに成績が良かったわけではない。

お金で医大へ行ったようなものだから。


「同じ事をやっても、『お姉ちゃんはよく頑張った』って褒められるけれど、私には何も言ってくれないと言っていました。お姉ちゃんはかわいそうだからって、みんなががひいきすると」

そんな・・・

「樹里亜さん。僕は出来ることならあなたに竹浦の気持ちを伝えたかったんです。あなたも随分苦労はされたんでしょう。でも、それはご両親も兄妹も一緒です。自分1人とは思わないでください」

先生らしい諭すような言葉。

普通だったら、何も知らない癖にって思ったと思う。

でも、山口さんの言葉には妙な押しつけがなくて、

「肝に銘じます」

素直に返事が出来た。


***


山口さんを駅まで送り自宅に戻ると、家の前に梨華が立っていた。


「お帰り。随分遅いじゃない」

「あんたこそ、何してるのよ」

「何って・・・」


なぜかモジモジとして、落ち着きがない梨華。


「先生と何か話したの?」

んん?

「話されて悪いことでもあるの?」

「別に・・・」


私は気付いてしまった。


山口さんは梨華のウイークポイントではない。

むしろその逆。

きっと、梨華にとって山口さんは特別な人なんだ。


そんな私の表情を感じ取った梨華。


「何でお姉ちゃんとお見合いなのよ」

悔しそうに唇をかむ。

「もしかして、あんた山口さんが好きなの?」

「そうよ」

あっさりと認めた。


今日の梨華は本当にかわいい。

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