意外なお客さん①
父さんの怒りは本物のようで、私は携帯を取り上げられたまま渚とも連絡できない日が続いた。
さすがに1週間も連絡できないでいると不安になって、家の電話からかけてみようかとか、いっそのこと梨華に携帯を借りようかとか色々考えたけれど、どちらもやめた。
家から電話すれば着信からお腹の子の父親が渚とばれてしまうだろうし、梨華に頼んでも同じ事。父さんや母さんに渚のことがばれるのは時間の問題。
正直、どちらも避けたい。
日々ストレスだけをためながら、私は実家で隠れるように過ごしていた。
「樹里亜。お客さんよ」
ええ?
「お客さん?」
不思議そうな母さんの顔を見ながら、私も聞き返してしまった。
母さんが「お客さん」と言うからには、知らない人なんだろう。
一体誰?
不安に思いながら玄関に向かう。
そこには見知った顔があった。
「も、桃子さん」
驚いてその先が出てこない。
本当に意外だった。
「そんなに驚かないでください。ただお見舞いに来ただけですから」
いつもの通りあっさりした口調。
「ありがとう」
なんだか久しぶりに病院のスタッフに会えたのが嬉しくて、ウルッとしてしまった。
その時、
桃子さんの後ろから、
ええっ?
「こら、ご挨拶しなさい」
桃子さんに言われ、
「こんにちは」
女の子がはにかみながら顔を出した。
「お嬢さん?」
「はい。娘の、結衣(ゆい)です」
結衣ちゃん。
うわー、かわいい。
「とにかくどうぞ」
母さんがすすめてくれて、私と桃子さん、結衣ちゃんの3人は私の部屋に向かった。
***
しばらくして、お茶を持って現われた梨華。
私と桃子さんに紅茶を出して、
「結衣ちゃん。お姉ちゃんとあっちでお菓子を食べましょう。ここのおばちゃんはお菓子が食べられないから」
確かに、今はつわりでお菓子が食べられない。
甘いものを見ると気持ち悪くなる。
桃子さんが行ってきなさいと言うと、結衣ちゃんは梨華について行った。
「いい子ね」
「そうですか、生意気になって。困ってるんですよ」
そうは見えない。
9歳かぁ。
10年後に私もそうなっていれるんだろうか。
「おめでただそうですね。おめでとうございます」
「うん。ありがとう」
もう病院のスタッフにも分かっているのね。
「驚いた?」
本当は別のことが聞きたいのに、そんなことを口にしていた。
「そりゃあもう。当分は噂の的でした」
やっぱりそうかあ。
独身の女性が妊娠したってだけで興味を引くネタなのに、
病院長の娘で、病院に働く医師なんて、噂には格好だろうね。
「高橋先生も休職されましたよ」
えっ。
何で渚のこと・・・
桃子さんはじっと私の目を見ていた。
「高橋先生なんですよね」
ええ?
「桃子さん?」
あまりに突然で否定することも出来なかった。
このタイミングで姿を消せば、私との関係を詮索されてもしかたがないと思う。
でも・・・
「実は、高橋先生に頼まれたんです」
はああ?
「どういうこと?」
桃子さんと渚ってそんなに親しかったっけ。
「ふふふ、最初は高橋先生に声かけられて告白でもされるのかって期待したんですよ。そうしたら、自分は休職するけれど、樹里先生のことが心配だから何かあったときのために連絡先を交換して欲しいって」
「渚がそんなことを?」
「はい。君は信用できそうだからって。女としてはあまり嬉しくないですけれどね」
桃子さんは笑いながら、携帯を差し出した。
「どうぞ、使ってください」
「ど、どうも」
桃子さんは持参したオーディオプレーヤーを取り出しイヤフォンをした。
どうやら、私は聞いてませんから掛けてくださいってことらしい。
「ありがとう、桃子さん」
***
ありがたく桃子さんの携帯を使わせてもらい、
『もしもし』
電話をかけるとすぐに渚が出た。
「もしもし」
『樹里亜?大丈夫か?』
「うん」
ずっと、ずっと、渚の声が聞きたかった。
取り立ててどんな話をするわけでもなく、ただ声を聞きながら私達は時間を過ごした。
「良かったら携帯を置いて帰りましょうか?」
桃子さんが言ってくれたけれど、断わった。
桃子さんの携帯をこっそり貸してもらえばいつでも渚と連絡を取れるけれど、それはしてはいけない気がした。
また父さんを裏切るようで、出来なかった。
リビングに戻ると、梨華と結衣ちゃんが楽しそうに遊んでいた。
とは言っても、我が家に子供のおもちゃなどあるはずもなく、2人でパソコンを操作しながら楽しそうにゲームをしている。
「結衣、帰りますよ」
桃子さんが声をかけると、
「はーい」
結衣ちゃんがお片付けをはじめた。
うわー、本当にいい子。
「梨華、あなたも見習いなさい」
母さんに言われて、梨華が渋い顔。
「桃子さんまたいらっしゃいね」
「はい。ありがとうございます」
母さんはすっかり桃子さんが気に入った様子。
「結衣ちゃんまた遊ぼうね」
梨華も結衣ちゃんと仲良くなった。
この微笑ましい光景を見ながら、私はふと思ってしまった。
結衣ちゃんがこんなに素直に育つために、桃子さんにはどれだけの苦労があったんだろう。
それを思うと、親になるのが怖い気がした。
それからは、週に1度桃子さんが顔を出してくれるようになった。
大抵は土日のどちらかに結衣ちゃんを連れて遊びに来る。
きっと桃子さんも忙しいだろうに、私に頼まれた買い物を届けたり、月子先生からの薬を持ってきてくれる。
でも、本当は渚と私が連絡を取れるようにと携帯を貸してくれるのが目的。
本当に、本当にありがたくて、頭が上がらない。
「いいですよ。気にしないでください。いつか樹里先生が出世したり、開業したときに、師長として使ってください」
本気とも冗談とも思える声で言われ、笑うしかなかった。
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