けじめをつけて再出発

約束通り、渚は1週間東京にいてくれた。

その間、私もおばさんの家とシェルターを行き来した。

何度か大樹からの連絡もあったようだけれど、美樹おばさんが誤魔化してくれた。


「明日、戻ります。お世話になりました」

渚が美樹おばさんに挨拶をする。

「みのりとは、ちゃんと話せたの?」

美樹おばさんも心配そう。


渚はここにいる間に何度かみのりさんに会っていた。

どんな話をしたかは分からないけれど、これからの話をした様子。

まずは病院に戻り、仕事の整理をしてから沖縄の実家に帰るつもりだと話してくれた。

みのりさんも一旦沖縄に帰るらしい。


「母とは話しました。父にも報告しないといけませんから、沖縄に帰ってから樹里亜の家に挨拶に行きます」

「そう」

おばさんはそれ以上は何も言わなかった。


***


渚を見送った数日後、私は大樹に連絡を取った。


「今どこにいるんだ」

地の底から響くような声。

「美樹おばさん家」


はあぁー。

深い深い溜息が聞こえた。


「お前、覚悟はできているんだろうな」

「うん」

これだけのことをした以上、ただで済むとは思ていない。

もう、竹浦の家には戻れないかもと思っている。


長い長い沈黙の後、

「いいか、そこから1ミリも動くな」

そう言って電話が切れた。


電話をかけたのは夕方。

電車や飛行機の時間を考えると、明日の日中には大樹は来てしまう。

それまでに、私はもう一度乳児院へと向かった。


***


乳児院を訪れた私は、みのりさんの元を尋ねた。


「色々とお世話になりました」

「実家に帰るの?」

「はい」


私は渚と約束をしていた。

まずはそれぞれの両親にちゃんと話して、それから将来の話をしようと。


「樹里亜さん、おなかを触ってもいい?」

え?

突然言われて驚いたけれど、

「はい。どうぞ」


みのりさんが、そっと手を伸ばす。

優しくて、温かい手。


「渚の、子供なのね?」

「はい」


みのりさんは愛おしそうに手を当てながら、「渚のせいで苦しめてごめんなさいね」と、口にした。


違う。謝るのは私の方。

渚は何も悪くない。

ただ、私が勝手に逃げ出しただけ。


「身辺整理をして、近いうちに会いましょう」とみのりさんは言った。


***


ピンポーン。

ピンポン、ピンポーン。

けたたましく、玄関のチャイムが鳴る。


んん?

時計を見ると、時刻は午前5時半。

まだみんな寝ている時間。


ドンッ、ドンッ、ドンッ。

今度は玄関を叩く音。


もー。

私は布団を出て、部屋着のまま玄関に向かった。


ガラガラ。

鍵を開けるのももどかしく、玄関の戸が開いた。


大樹。

怖い顔をして現れた兄。

じっと私を睨み、ゆっくりと近づく。


「ごめんなさい」

思わず謝ってしまった。

そのくらい凄みがある。


「どれだけ心配したと思っているんだ」

唾のかかりそうな距離で言われ、私は俯いた。


「あら大樹、おはよう。随分早いのね。上がる?」

美樹おばさんが呑気に声をかける。


「いいえ」

大樹は怒っている。


「樹里亜、荷物を持ってこい」


ええ?

このまま帰る気なの?

だって、起きたばかりで・・・

まだ、部屋着のままだし・・・


「まずは上がりなさい」

おばさんはいつも通り大樹に話しかけるけれど、

「大体、おばさんが匿うからこんなに長引いたんです。みんな心配していたのに、あんまりですよ」

強い口調で責める。


「まって、悪いのは私で」

「そんなことは分かっているんだっ」

「・・・」

私は口をつぐんだ。


逃げ出してしまった時間は、私にとって必用なものではあった。

けれど、大樹や両親にとっては心配な時間だったんだろうと、今になって実感した。


***


でも、おばさんの方がもう一枚上手だった。


「大樹、あなたこそ何を言ってるの。そもそも樹里亜が家を出ようと考えたのは、あなた達にも責任があるんじゃないの?」

「それは・・・」

大樹が唸っている。


「いいから上がりなさい。妊婦に朝食も食べさせないなんて、あなたがバカよ」

「バカって・・・」


フフ。

大樹の負け。



結局、大樹は美樹おばさんの家で朝食をご馳走になった。


味噌汁と、卵焼き。

あとは夕食の残り物。

豪華ではないけれど、落ち着く食事。

いつの間にか、大樹も穏やかな顔になっていた。


「帰るぞ」

朝食を終え、身支度をした私を大樹が呼んだ。

「うん。今行く」

私は美樹おばさんに何度もお礼を言い、大樹の車で東京を離れることになった。



車を飛ばして6時間。

家までは遠い。


私達はずっと2人。

ほとんど話すこともない。


それでも、途中で何度か休憩をしてくれた。

きっと、私の体を気遣っているのね。



「あいつには会ったか?」

高速のサービスエリアでの休憩中に聞かれた。

「うん」

あいつって、渚のことだよね。

渚も、大樹だけには話したって言ってたから。


「あいつ、お前に会ったことを俺にも黙っていたんだな」

なんだか悔しそうな顔。


「いいか、父さんも母さんもお前の妊娠にショックを受けている。その上同棲していたなんて、思ってもいない」

「うん」


私は今、叱られている。

父さんや母さんを裏切って、親不孝をしたと言われている。


「あいつとちゃんと話して、気持ちの整理はついたんだな」

「うん」

もう迷わないし、逃げない。

自分で責任を取ると決めた。


「あいつ、昨日休職届を出して実家に帰ったよ」

「うん」

渚なりにけじめをつける気でいるから。


「父さんも母さんも薄々気付いている。わざわざ聞いては来ないだろうけれど、時期見て自分で話せ」

「うん」

なぜか、「うん」としか返事が出来なかった。


大樹はすべてを知っている。

そのことに怒ってもいる。

母さんと父さんの悲しみも知っている。

その上で、自分でけじめをつけろと言ってくれる大樹。

本当にいい兄さんだ。

申し訳なさと、ありがたい気持ちで、またウルッとしてしまった。

ほんと、私の涙腺は緩みすぎ。

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