再会の嵐
渚、上京する
7月初め。
まだ梅雨の名残が残る曇天。
今日は、渚が東京にやって来る日。
私は最寄りの駅まで1人で向かい、駅で到着を待った。
美樹おばさんのクリニックまで来てもらうことの考えたけれど、いきなり二人っきりで会うのが怖かった。
突然黙っていなくなった私のことを渚がどれだけ怒っているかと思うと、人が多いところの方が安心できる。
美樹おばさんも、みのりさんも、一緒に行こうと言ってくれたけれど、断わって来た。
自分のとった行動の責任はとらなくてはいけない。
ちゃんと渚と向き合わないと。
それでも不安な私は、約束の時間よりも30分も早く駅に着いた。
到着する人の波を見ながら、渚にどんな顔をして会おうと考えていた。
あー、緊張する。
・・・5分。
・・・10分。
・・・15分。
待つって、こんなに時間がたたないものだったっけ。
・・・20分。
...25分。
そろそろ、渚の乗った電車が到着する。
私は駅の待合に座り、改札を出てくる人達を見つめた。
***
「渚」
約束の時間ちょうどに、渚は改札に現れた。
すぐに目が合ったけれど、私は立ち上がったっきり足がすくんで動けなくなった。
ツカツカと近づく渚。
私の心臓は大きく鼓動を打つ。
「樹里亜」
目の前まで来て立ち止まった渚は、真っ直ぐに私を見て名前を呼んだ。
「渚・・・」
次の瞬間涙が溢れ、彼の肩に頭を乗せた。
「バカヤロウ」
絞り出すような言葉。
きっと今、渚は怒っている。
「ごめんなさい」
必死に涙をこらえながら言った。
「嫌だ。許さない」
渚も涙声になっている。
私は渚に手を回し、渚もギュッと抱きしめてくれた。
私達はどの位そういていたのだろうか、
懐かしくて、
心地よくて、
できることならずっとこうしていたい。
しかし、通り過ぎている乗降客の視線が気になりだした。
「とりあえず、おばさんの家に行きましょう」
私は渚の手を引き歩き出した。
***
私達は、15分ほどかかる道を無言で歩いた。
話したいことはたくさんあるのに、気持ちが溢れてしまって言葉にならなかった。
「ここよ」
美樹おばさんの家の前で、私は立ち止まる。
へー。と渚は不思議そうな表情をした。
「ただいま」
玄関を開けると、美樹おばさんが立っていて、
「お帰り。いらっしゃい」
後のは渚に向けた言葉。
「どうも、お邪魔します」
渚も頭を下げた。
***
「まあ、上がりなさい」
と勧められて上がった美樹おばさん家のリビング。
美樹おばさんと向かい合って、渚と私が並んで座った。
「で、君がお父さんなの?」
いかにも医者らしく、事実関係を確認するおばさん。
「はい。高橋渚と言います。この度は、樹里亜がお世話になりました」
「お世話はいいのよ。かわいい樹里亜のことだから。問題はそこじゃないでしょう?」
うわー、美樹おばさん怖い。
「君は、医者なのよね?どうしたら子供ができるか知らないわけでもないでしょう?樹里亜の病気のことだって、分かっているのよね?」
たたみかけるように、おばさんは詰め寄る。
「おばさん。彼は妊娠を知らなかったのよ。それに、ちゃんと避妊薬を飲まなかったのは私の怠慢で」
何とか口を挟もうとしたけれど、
「あなたは黙っていなさい」
ぴしゃりと言われ、仕方なく口をつぐんだ。
「おっしゃる通り、子供は僕の子ですし、樹里亜の体のことを考えればもう少し気遣いがあるべきだったと思います。何より、樹里亜を不安にさせて、逃げ出させてしまった責任は僕にあります。ご心配をかけてすみませんでした」
渚はテーブルの両手をつき、深々と頭を下げた。
渚・・・
ヤバイ。今日の私は涙腺が緩みっぱなしだわ。
一方、
「分かっていればいいのよ」
などとブツブツ言いながら、美樹おばさんはお茶を入れに席を立った。
***
その後は、美樹おばさんも渚を気に入ってくれたようで、穏やかに会話が進んだ。
「じゃあ君は、1週間こっちにいるのね?」
「はい。夏休みをまとめて取りましたから」
1週間で答えが出ることではない気もするけれど、渚といられるのは嬉しい。
「よかったらここに泊まりなさい」
ええ?
驚いて見返すと、
「だって、乳児院に男を泊めるわけにはいかないでしょう?」
ああ、確かに。
シェルターにはDVで逃げてきた女性も多いから、渚を泊めるわけにはいかないかも。
「あの、僕は駅前のホテルをとりますから」
渚が口を挟む。
「ダメダメ。もったいないから。ここに泊まりなさい」
美樹おばさんは決定とばかり、渚の荷物を運び出した。
「ああ、あの、美樹おばさんッ」
声をかけるが、おばさんはすでに消えていた。
***
二人っきりになったリビング。
渚がなにやら考え込んでいる。
「なあ、樹里亜」
「何?」
「お前は、ここに隠れていたんだよな?」
ええ?
何を突然。
「ここは美樹おばさん家なのよ。逃げてきたのはここだけれど、ここにいたらすぐに見つかるからって、近くの乳児院にお世話になっていたの」
「乳児院?」
「そう。言わなかったっけ?」
渚に連絡をとるようになってからは、日々メールのやりとりをしていた。だから、伝えたと思っていたけれど・・・
なぜだろう、渚が真っ青になっている。
「渚。どうしたの?」
その時、
「こんばんは」
玄関から声がした。
あっ、みのりさんだ。
『仕事が片づいたら、彼氏の顔を見に来るわ』って言っていたから。
私は立ち上がり、玄関に向かった。
***
「こんばんは」
玄関まで出て挨拶をする。
すでに美樹おばさんと話し込んでいるみのりさん。
「どうぞ上がって」
おばさんの声で、みのりさんが玄関を上がった。
あれ?
渚が出て来てない。
美樹おばさん。私。それに続いてみのりさん。
3人がリビングへと入る。
渚は立っていた。
まさに直立不動。
ん?
何、この違和感。
「こんばん・・・」
言いかけたみのりさんの言葉が止まった。
睨むように、渚を見ている。
「どうしたの?」
美樹おばさんも不安そうに声をかけた。
「樹里亜さん。この人が、赤ちゃんのお父さんなの?」
怖いくらい真面目な顔で、みのりさんが聞く。
「はい」
「この人のせいで、あなたは逃げてきたのよね?」
「ええ。まあ」
みのりさんは渚を睨んだまま。
「みのり、どうしたの?」
美樹おばさんも不思議そう。
私も美樹おばさんも状況を理解できず立ち尽くしていた。
すると、無言で渚に近づくみのりさん。
次の瞬間、
パンッ。
平手で渚を叩いた。
「みのりっ」
「みのりさん」
私と美樹おばさんの声が重なる。
しかし、みのりさんは動じることなく、
パンッ。
もう一度渚を叩いた。
「説明して」
冷静を取り戻した美樹おばさんがみのりさんに説明を求める。
しかし、みのりさんは涙ぐんでいて・・・言葉が出ない様子。
すると、
「僕が説明します」
そう言って渚が話し始めた。
「実は・・・僕の母なんです」
は、母?
え?
どういうこと?
「大学を卒業する直前に勘当されて、それ以来連絡を取っていませんでした。樹里亜から最寄り駅を聞いてまさかとは思ったんですが、本当に母に会うとは思いませんでした。お騒がせしてすみません」
じゃあ、みのりさんの音信不通の長男って・・・渚?
そんな事って・・・
「ごめん。理解が追いつかない」
私はその場に座り込んだ。
そんな中、一番先に冷静を取り戻し美樹おばさんが、
「みのり、今日は帰りなさい。樹里亜も渚君も今日は家に泊めるから。明日、ゆっくり話そう」
と言ってくれて、みのりさんは帰って行った。
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