太田君と大谷君

月世

太田君と大谷君

太田君と大谷君


 キラキラした背景を背負い、あなたが好きですと告げる女子高生。

 画面に指を滑らせ次のページに進むと、彼女は男に抱きしめられていた。

 あははと笑いが漏れた。幸せそうでいいな、という好意的な笑いだ。こういう、少女漫画みたいな恋愛をしてみたい。誰かを好きで、誰かに愛されて。さぞかし楽しい学生生活だろう。

 俺には無縁だ。なぜならここは男子校。好きです、なんて告白してくる女子は存在しない。

「お前、好きな子いる?」

 スマホに目を落としたまま、訊いた。

 友人の大谷は本を読んでいる。休み時間は大抵図書館から借りた本を読んでいて、前の席の俺は、後ろ向きになって、スマホをいじっている。

 中一から高二の今まで、同じ学校で同じクラス。太田と大谷だから席も前後だ。仲良くならざるを得ない。

 大谷が本を閉じて、「太田」と俺を呼ぶ。

「うん?」

「俺のこと、好きなのか?」

「はあっ?」

 裏返った声が出た。目を上げると、大谷は不思議そうだった。不思議なのはこっちのほうだ。急になんてことを言い出すのか。さいわい、誰もこっちを見ていない。胸を撫でおろす。

 大谷は俺の顔をじっと見てから舌打ちをして、憎々しげに言った。

「ややこしいな。なんでそんなこと訊くんだよ」

「ややこしいって何がだよ? 別に、ほら、漫画見てなんとなく」

 スマホの画面を大谷に向けたが、一瞥して鼻で笑うと、本を開いてページをパラパラとめくりながら言った。

「好きな奴がいるか訊くのって、告白の下準備だろ。普通」

「告白? 普通? そうなの?」

「100%、そうだろが」

「100はないって。だって今俺が訊いたのだって、ただの世間話だし?」

 大谷が黙った。黙って目を伏せる。勝った。やった、論破してやった、と両手の拳をぶんぶん振り回していると、ハードカバーに目を落としたまま「お前は」と続けた。

「お前は好きな奴、いるのか?」

「えー、いないよ。だって男子校じゃん」

 大谷は何か言いたげに口の端を少しだけ持ち上げた。

「あ、明日さ、合コン誘われてんだけど。共学の女子だって。大谷も一緒に行かない?」

「俺はいいよ」

「なんで、彼女欲しくない?」

「欲しくない。好きな奴、いるから」

「えっ」

 ガタン、と椅子を鳴らして立ち上がった。

「好きな子、いるんじゃん!」

「いるよ」

「誰? どこの学校? いつから? 俺の知ってる子?」

「わかんねえのかよ」

「え?」

 チャイムが鳴った。大谷が本を閉じた。表紙に、「告白」とある。わけもなく、ぎくりとした。

 大谷と目が合う。片肘をついて口元を隠し、斜めになって、俺を見上げている。まばたきもせずに、見つめてくる。

「な、なんだよ」

「別に。座ったら」

 教室の中で、立っているのは俺だけだった。大人しく、席に着く。

 ほどなくして教師が教卓に立ち、授業が始まった。俺は、頭を抱え、悶々としていた。

 好きな人がいるか訊くのは告白の下準備。100%の確率で、そうらしい。

 あくまでも大谷いわく。一般的にそうだとか、誰でもそう思っているわけじゃない。

 でもそのわけのわからない定義を口にした本人が、俺に、こう言ったのだ。

 ――お前は好きな奴、いるのか?

「まさか!」

 叫んで立ち上がった。

「太田ぁー、また寝ぼけてんな、座れー」

 教師がチョークを投げるフリをして、教室が中途半端な笑いに包まれる。

 椅子に倒れ込む。後ろの席から大谷の声が、囁いた。

「気づくの遅ぇよ」

 俺は再び頭を抱え、うなる。耳が、首の後ろが、熱い。大谷に丸見えだと思うとなおさら体が火照ってきた。

 気持ちの整理がつかない。

 わかっているのは、もう俺は、合コンどころではなくなったということだ。


〈おわり〉

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太田君と大谷君 月世 @izayoi_t

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