3

 普通の関係ではない。

 美桜は常々、凌との仲に悩んでいた。

 表向き、普通の高校生として生活する自分たちには秘密がある。裏の世界・レグルノーラという場所で、二人は主従関係を結んでいる。凌は神で、美桜はその竜。表の世界ではお互いに素性を隠して暮らしているのだ。

 哲弥と怜依奈も、裏の世界を行き来する仲間。美桜と凌の関係を知る数少ない人間でありながらも、二人を温かく見守ってくれる心強い存在ではある。しかし、主従関係というのがどんななのか、そもそも神と呼ばれるようになった凌がどれほど遠い存在になってしまったのか、彼らは知らない。


 美桜は学校が終わると、いつものようにレグルノーラへ飛ぶ。

 表の世界に身体を残し、意識だけ裏の世界へと落としていく。

 目を覚ますと、塔の中。レグルノーラの中心にそびえ立つ高い塔の一室で、あるじであるレグルしんの前に跪いていた。


「悩み事でも?」


 顔を上げた美桜の目に、美しい白髪男性の柔らかな笑顔が飛び込んできた。慈愛に満ちた表情は、表の世界での彼とは別人だった。

 人付き合いが苦手で、人間不信な来澄凌。

 全てを受け止める、美しき半竜神レグル。

 二人はとても同一人物だとは思えない。尤も、レグル神の中には、もう一人、ゼンという別人格が潜んでいる。目の前の彼が凌なのかゼンなのか。はたまた全く別の存在なのか。彼が神と呼ばれるようになり一年近く経つが、未だ美桜には理解できないでいる。


「いいえ。何も。それより今日も、何ごともなく?」


 美桜は半分竜になった身体をゆっくりと起こして、レグル神を見上げた。

 レグル神は白く長い尾をくねらせ、畳んでいた背中の羽を少しだけ動かした。


「そうだな。何もない。強いて言うなら、今日はディアナが尋ねてきた。隠居してから殆ど塔には近づかなかったが、調べ事があるとかで久しぶりにやって来たのだ。彼女は相変わらずだ。やかたの方にはちょこちょこ顔を出してくるから、私はいつも通り接したのだがね、塔の連中は久々に見た先代の魔女に恐縮していた。やはり若いローラとは威厳が違う。年の功かと言ったら、危うく首の骨を折られそうになった」


 ハハハと静かに笑うレグル神の顔は、やはり凌とよく似てはいるが別人だ。髪の毛の色も、顔の印象も、体つきも全部違う。口調や性格まで、同じところなどひとつもない。

 それなのに、彼は彼であって、彼ではない。

 複雑な気持ちで見上げる美桜に、レグル神はそっと手を差し伸べ、立ち上がるよう促した。美桜はうやうやしく手を差し出し、立ち上がって改めてレグル神に深く頭を下げた。

 こんな関係がずっと続いていて、それでも『付き合っている』などと。

 怜依奈の言葉が頭をよぎると、益々胸が痛んだ。

 友達でも、仲間でも、恋人でもない。あるじしもべ。二人きりになっていても、それは全く変わらない。レグル神は話相手として、しもべ竜として美桜に接する。


「元気がないな。何を欲しているのだ」


 凌の声でレグル神は問う。

 それがまた、切ない。


「いいえ、何も」


 美桜は首を横に振って、静かに笑った。

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