第2話 東京程度の空気が耐えられんようなら、人間辞退! ~婿養子縁談実力粉砕 その2
かくもなめた縁談を実力粉砕して4年後、再び、彼のもとに縁談らしき話を持込んだ人物がいた。
今度は、父方の祖父のいとこにあたる人物からであった。
実は、彼と父の妹、つまり彼の叔母にあたる人物との縁談が話になったことがあるのだが、4親等になり、確かに結婚ができないわけではないが、これではあまりに血縁が近いということで、流れたという。
だが今度は、それより1世代下がってお互いが6親等となったわけであるから、まあ、何とかなるのではと、先方は思ったようである。
実はその事件が起こる2か月ほど前、その人物の住むF町は、近隣のK市に合併され、K市F町となった。そのための合併に伴う市議会議員の増員選挙があった。それに彼は、ある先輩に頼まれてとある候補者の応援に入った。
何と選挙区内、つまりそのF町に、くだんの親族がいるという。
彼は、挨拶に行った。
その選挙についてはいろいろあったが、それについては略そう。
なお、彼の応援に入った候補者は、落選した。
彼はしばらく、選挙の後始末のために、その町に電車で通った。
選挙が終って約ひと月ほどしたころ、その親族から彼のもとに電話が入った。
なんでも、自分の娘二人のうち上の方と結婚してくれないか、婿養子に来てくれないか、とのこと。
彼がまた怒りのスイッチを入れたことは、想像に難くもないだろう。
とはいえ、あの増員選挙でF町に出入してまだ1か月かそこらしかたっていないし、先方のF町に悪い印象を持たれたくない。
人口数千人、中学校1学区で小学校2学区のその地であまり派手な立ち振る舞いをしたら、あっという間にその街のうわさになることを、彼は懸念したのである。
そうなると、ここで仕事した関係者に大迷惑をかけかねない。
そんな思いから彼は、その場で怒鳴るような真似はしなかった。しつこいが、そんなことしてそれまでお会いした人たちの印象を悪くしたら、まずいではないか。
というわけで、翌週日曜の朝、彼はその親族氏とお会いすることになった。
今なら、プリキュアをつぶしてまで行くほどのこともないから、そんな時間に移動を伴うような申入れであれば問答無用で却下する彼であるが、当時はまだそうではなかったから、朝早くから電車に乗ってその街に向かったという。
そのF町の近くの駅に、先方の御仁、迎えに来てくれていた。
クルマの中だっけで彼に言った父方祖父の従兄弟氏の言葉が、随分ふるっていた。
田舎はいいよ、空気がうまいし・・・。
先方としてみれば、都市部で暮らす彼には、そんな言葉でも言えば気を引いてもらえると思ったのかもしれない。当然、そんな子供だましにも劣る戯言が、彼に通じるはずもない。彼は、ほとばしる敵意を隠しつつ、相手に申上げたそうな。
はあ、東京ほどの空気も耐えられないようなら、人間を辞退させていただく!
相手も、さらに食い下がる。彼が運転免許を取得していないことを知ったから、それなら、とばかり、こんなことを言い出した。
運転免許持っていなければ、今からでも取ればいいではないか。金ぐらい出す。
彼は、即座に却下した。
クルマがいるような場所は、人間の住むところではないとは言わんが、少なくともこのわたくしの住める場所ではありませんな。
ついでにわしは、乞食じゃおまへんで。
まるで、元自治省次官で岡山県知事を20年以上務めた某人物をほうふつさせるかのような態度で、彼は相手をはねつけていく。
相手は、さすがにそれ以上言い返さなかった。
そうこう話している間に、親戚氏宅に到着。
早速その話になったものの、話はわずか数分経たぬ間に「決裂」した。
話の内容は、あえてここではくわしくは記さない。
ただし、相手の妻にあたる人物が彼に言った言葉は、彼を心底激怒させた。
「あんたにも、我慢してもらわないけんことも・・・」
「何の権限があってこのわしにそんな無礼な口を利きくさるか!」
彼はその場で怒鳴り声をあげようとした。
だが、そこは踏みとどまった。
そんな彼の殺気を感じたのであろう。
かの親戚氏が機転を利かせ、話をそこで止めた。
「どうやらあんたとうちの娘とは、御縁がなさそうじゃな・・・」
その後彼と親戚氏、幾分話はした。だが、何を話したかなど覚えてもいない。
そもそもその日、その娘さんとやら、その日は、勤めている農機具会社だか何だかに仕事があったのか、その家にはいなかった。
ひょっと、彼の並々ならぬ「殺気」を事前に感じていたのかもしれない。
この件があって、彼のしばらくは怒りが止まらなかったそうである。
さて、それから約半年後、彼は元候補者の方に頼まれ、近所に経営するそろばん塾のチラシ撒きを手伝いに行った。
その際、せっかくなのでその方宅に、ご挨拶に行ったという。その日、娘さんはおられたようだが、彼に会うべく出ては来なかった。
出てくればよさそうにも思ったそうだが、余程の殺気でも感じていたのだろうか。
またしばし話をした後の別れ際、彼は、親戚氏にこんなことを述べた。
女性陣は誰も、その場にはいなかった。
それはおそらく、彼の家の者たちにとっては、不幸中の幸いだったと言えよう。
私はねぇ、こんな田舎町の一つや二つ、叩き潰すだけの力は持っておりましてねぇ(以下略、と言うより、覚えてもいないのだそうな)・・・。
この際だから、そんなふざけた縁談をこの私に持ち込むような低民度の田舎者しかおらんような町だから、こうして吸収合併されて議員の一人出せねえ地域に落ちぶれるのだろうが! とでも言いたかったのだとは思われる。
だが彼は、そこまでは言わなかった。
件の親戚氏、泡を吹いて今にも倒れそうな顔つきであったという。
よかったな、死人が出なくてよ。
命は、大事に、な・・・。
彼は、そう述べて親戚氏宅を辞去した。なんてことは、ない。
そこまでの罵声や恫喝を、彼は相手に与えたわけでは、決して、ない。
そのことだけは、彼の名誉のためにも申し上げておくべきだと思われる。
だが、そんな程度の言葉さえもオブラートに包んだと言えそうな殺気を、彼がその家の玄関で漂わせていたことは、想像に難くない。
彼の仕掛けたこのやりとり、まさに、田中角栄氏が田中派を割って竹下派を結成しようという際に、目白の自宅に来た竹下登氏や金丸信氏らを「恫喝」して追い返した時の雰囲気に匹敵する勢いがあったといううわさも、一部には轟いているという。
田中角栄氏ばりの「恫喝」をしたという彼は、その家を辞去した。
かの田中角栄元首相は、その後まもなく病に倒れ、やがてこの世を去った。
権勢を誇った田中派は、その後まもなく消滅した。
さて、一方の彼は、その「恫喝」後も、ますます意気盛んに、この世の生を営んでいる。
とはいえ彼は、それから二度と、父方の祖父の従兄弟にあたるというかの親戚宅を訪れてはいない。先方からも、彼のもとに連絡等入ってこないという。
かくして彼は、今も、19世紀大英帝国のごとく、
光栄ある孤立
を保つべく、独身生活を維持している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます