追憶のアルマ

縁田 華

キミが生まれた時のこと

 大昔といっても、一人の女が生きた時代の話。私が生まれたのは、雪が降る灰色と白の二つが混じり合わさった日。産まれてすぐに母は亡くなり、父は店を一人で切り盛りしながら男手一つで私を育ててくれた。『アルマ』即ち【魂】という名は、父が私を繋ぐ為にくれたものだからとても大事なものだ。私も父も互いに支え合って生きていたから、どんなに歪んでいたとしても父の言葉は絶対だったのだ。少なくとも私は、父の許でしか生きる術を知らなかった。

 学校という世界では独りだったように思う。小さい頃は独りではなかったのかも知れないが、私自身友達を作るのが上手くなかったこともあり、友達と呼べる存在は少なかった。その代わり、別の楽しみがあったからそれで上手く回っていた。私の楽しみ、それは『人形作り』だ。父はアンティークショップを経営している一方で、人形作りを趣味としていた。私の為に人形を作ってくれたこともあったのだが、その出来はこちらの方を本業にした方がよいのでは?と思わせる程の美しさで、愛らしさと妖しさを兼ね備えたものである。子どもの遊び道具には相応しくないような材質から出来ていたが、それでも当時は嬉しかったものだ。セルロイドの人形より重く、壊れ易いモノではあったがきっとそれで良かったのだろう。刻まれた傷跡はやがて焦がれ、灼かれて全てを飲み込んでしまうから。

 私が崇拝していた天使は宗教画のソレではなく、聖書の中にいる遠い存在でもない。作られた人形達だ。薄暗がりの中で彼女達は眼を輝かせていた。何も語りはせずとも、私の心には聴こえてくる。それぞれの人形達には名前をつけてあるのだが、それは惹きつけられたからというよりかは自分を独りにしないで欲しいから。父が私を繋ぎ、縛る為に名を与えたように、私もまた人形達を縛りつけるのだ。どれだけ惨めに見えても護り抜きたいから。他の誰にも穢させはしない。理想の世界という名の繭の中、今も私は籠り続けている。

 時が経ち、私は大人になった。その間に父は亡くなり、独り身の私は店を継ぐことに。人形達を可愛がりつつも、商品として売ってもいた。だから売れた時は表向き愛想笑いを浮かべつつも、その眼からは涙を流していたのをよく覚えている。名前の付いたタグとメッセージカードを添えて、人形達は女の子達の許へと去っていった。後にはお金だけが残されるも、私はそれを虚な眼で見ていた。この時、私の眼に妖しくも狂おしい光が宿った。

「……そうや。今までだってそうして来たんや。誰一人として手出し出来んようなモン作ればええ」

フルーツのように瑞々しいイエローやオレンジではない。蛍光色ともいえない。暗がりに浮かぶ蝋燭の温かくも妖しい光。決起の光だった。

 遠く、霧のようにあるかどうかも分からない御伽話。幻惑の世界。偶像の姫君。血肉に飢えた悪魔。崩れ落つ城。残酷な話だった。私は姫君の人形を作ることにした。件の姫君の肖像画は一つしかないとされているものの、人間離れした美しさだった。白銀の髪に妖しく煌めく紅の瞳。白く温もりのある肌。幼い彼女はどこか哀しげで寂しそうな顔をしていたが、その向こう側には純粋さにも似た狂気が潜んでいた。焔というよりかは鉱石に近く、その紅は私を捉えて離さない。私はこんな人形が欲しかった。互いに愛を与え合えるだけの関係。けれど、首輪を付けるには幼過ぎる。叶わない空想を形にする為、私は飲まず食わずで彼女を作り上げた。

 それは幼いまま命を落としたであろう姫君が、夜の魔女に成長しようとしているところを描いたといっても過言ではない。性別が朧気な幼児を作ったとしても面白くはないのだ。お友達としてはいいのかもしれないが、私は叶うことのない我欲を偶像へと昇華させたものが創りたかった。どれだけ札束を積まれたとしても、彼女を売り渡すつもりはない。彼女を創ることが私の望みだったのだ、価値など付けられるものか。

 裸体の人形をベッドに寝かせてやる。見れば見るほどに女という生き物を、甘くほろ苦く偶像化させたような少女の人形。躰の中は虚で、何も蠢いていないからこそ憧れの対象となるのだ。今にも動き出しそうなものだが、結局のところコイツは只のモノだからそうなることは永久にない、筈だった。彼女に似合う服を全て作り終えた日の夜に、偶像でしかなかった彼女は動き出したのだ。

 眠りこけている私に毛布を掛けてくれたものがいる、と気づいたのは次の日の朝だった。見ると、目の前のベッドには少女が眠っていたのだ。まさか動いてしまうなんて。程なくして彼女は目を覚ました。そして、小さな口を開けると、

「おねえちゃん、ここはどこ?ボクは誰かな」

甘ったるく、幼い声で眠い目をこすりながら、桜色の唇で言霊を紡ぐ彼女。他愛もない仕草を微笑ましく思うも、私は彼女のようには美しくないのだと独り落ち込む。

「おねえちゃん、どうしたの?」

「あんまりキミが可愛いから……。見惚れてもうた……!ウチが作った中で会心の出来栄え……。なんやけど……」

「そう、なの……?ボクお人形さんなの?」

「そうなんよ。鏡見てみ?」

少女は鏡を見た瞬間、おもむろに服を脱ぎ始める。どこをとっても美しく、整っている。胸や四肢など幼い部分もあるが、それがまたいい味を出しているのだ。出来心で腰に触れると、

「にゃっ……⁈」と仔猫に似たような声を出す。それがまた可愛らしい。

「嬢ちゃん、もっと気持ちよくしたろか?ウチの手にかかれば……」

「……やめて。今はして欲しくないの。それより……」

「ん?何や?」

「どうしてこんな躰にしたの⁈ボクはあなたみたいになりたかったのに……」

「え……?」

「この躰のせいでボクは昔いじめられたんだ。いいことなんて一つもなかった……」

「……?」

「作り直してよ‼︎おねえちゃんみたいな躰に作ってよ‼︎躰の大きさはそのままに‼︎」

結局のところ偶像として作った少女と私は相容れないもので、何とか宥めても尚泣き出すばかりであった。腰まで掛かる長い髪は流れる石英や雲母のように美しいのに、紅い目から流れる涙がそれを台無しにしていた。彼女はお気に召さないようだが、誰が見ても美しく理想的な姿。服を着せながら私は、

『次はどんな風にしようか』

『髪結んだら喜んでくれるかな』と考えるのだった。

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