思い通りにはいかない【なずみのホラー便 第89弾】

なずみ智子

思い通りにはいかない

 風花(フウカ)は、若くて美しかった。

 彼女は「若さ」と「美しさ」という二大武器を持っているばかりか、今の生活には不満も陰りも染みもなく、まさに”この世の春を謳歌している”と形容できるほど、何もかも順風満帆で満たされていた。

 そんな彼女が一週間後に自らこの世を去るつもりであったなんて、誰が思ったであろうか?



 もうすぐ私は若く美しいまま世を去る。 

 皆の記憶に、この若く美しいままの姿で永遠に留められる。 

 お葬式でお棺の中の私の顔を見た人たちは口を揃えて言うのよ。

「なんて綺麗で安らかな死に顔なんだろう? まるで眠っているみたい」って。

 当然、どうして自殺なんか……って声もあがるだろうけど、私は自分の最期を私自身の意志と、私自身が選んだ時機で決めたいだけのこと。

 病気や事故、それに殺人とか、私自身が決めたわけじゃない最期を迎えるなんて私の主義に反するわ。



 風花の意志は固かった。

 だが、思い通りにはいかない。

 そして、これに限ってはやり直すこともできない。

 


 風花がその人生最後の大奮発をして、純白のロングワンピースを購入した帰り道のことだ。



 このワンピースは私の最期を飾るにふさわしい衣装だわ。

 それと最期の日までお肌のお手入れは念入りにしなきゃ。

 お葬式で、私の安らかで綺麗な死に顔を、皆に見てもらいたいもの。

 ついにあと二日後ね……二日後に私は睡眠薬を口に含んでガスの元栓を……



 計画通りの最期を遂げた自分の傷一つない遺体を想像すると、風花は自然と笑顔になってしまう。

 そんな風花が渡った横断歩道の信号は、確かに青だった。

 彼女に過失は一切なかった。


 しかし、その青信号をガン無視して突っ込んできたトラックに、風花は撥ね飛ばされた。

 風花の体も、風花のバッグも、風花が一度も着ることはなかったワンピースの入ったショッパーも宙を舞う。


 風花は、”その顔面から”アスファルトへと叩き付けられた。



(完)



【後書き】

 本作ですが、自殺を推奨ならび讃美する意図はございません。

 また、病死した方や事故死した方、殺人の被害に遭って亡くなった方を貶める意図もございません。

 不快に思われる箇所も多々あるかと思いますが、表現の一環として、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思い通りにはいかない【なずみのホラー便 第89弾】 なずみ智子 @nazumi_tomoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ