未来フィルム

景浦 為虎

第1話 写真は過去を写すものですか。

まだ重たいまぶたをこすり、夜の帳が上がり始めた東の空を窓から望む。

空には春らしい霞ががった空気が闇を押し退けるように顔を出していた。

朝には基本的に嫌いな僕ではあるが、この瞬間だけは嫌いにはなれない。

春はあけぼのと、かの清少納言はよく言ったものだ。

窓を開け、朝の澄んだ空気を肺にめい一杯吸い込む。

喉の奥に少しの痛みを感じた。

クセの口呼吸のせいで喉がやられたのだろうか。

「あー」

少しだけ声を出してみる。

良かった。声は無事出るみたいだ。

今日はユキの誕生日だ。

こんな日に声が出ずにお祝いがおじゃんになってはユキに失礼だ。

隣で寝息を立てて眠るユキの横顔を見ながらボソッと

「おめでとう」

とつぶやいてみる。

「うぅン」

間抜けな寝言が返ってくる。

朝は案外いいもんだ。

好きな人のいる朝は好きになるのだろうか。

高1の夏前。

遠い街から引っ越してきたある少女と席が隣になった。

その少女がユキだった。

当然、それまではユキとは交流が全く無く、初めの方はなかなか馴染めずにいたのを覚えている。

それでも、ユキと一緒に生活を送っていくごとにユキにどんどん惹かれていった。

僕もユキも自然と歩幅が合っていき、2年前から付き合うことになったのだ。

僕たちはたまにこうしてどちらかの家に泊まることが恒例行事となっていた。

大抵は一人暮らしの僕の家にユキが泊まるのだけど。

何かと理由を見つけては泊まるのである。

今回の理由はユキ曰く

「私の誕生日だから」

だそうだ。

好きなところを挙げてと言われればいくらでも挙げることができる気がする。

小さな事でケラケラと笑う姿。

マメな気遣いができるとこ。

嫌なことがあっても、誰にでも嫌な顔せずいつも通りに接するとこ。

挙げれば切りがない。

そんな君の華奢な体を揺すり、起こそうとしたその時。

「ピンポーン」

インターフォンが人の訪問を告げた。

誰だろう、こんな朝から……。

「はーい……」

ドアを開けた向こうには

「宅配便です」

と淡々と述べる小柄な男がいた。

宅配便?

カノジョへの誕生日プレゼント関連だろうか。

そもそもこんな朝早くから宅配なんてされるのだろうか。

詐欺の二文字が頭を巡る。

「頼んだ覚えがないのですが……」

ハッキリと事実を伝えてお引取り頂こう。

「え? そうですか?ちょっと宛名見ますね〜……」

そう言って東という配達員は宛名を探す。

アズマと言うのかヒガシと言うのか……。呼ぶときに困ってしまいそうだ。恐らくこの人の名を呼ぶことは無いだろうから無駄な心配ではあるのだけれども。

それよりも今は詐欺にあっていた場合の対処を考えるべきだ。

「マキタ 馨さんでしょうか? 」

唐突に配達員は述べた。

「ええ、そうですが……あと、一応マキダでお願いします」

よくある間違えだ。

マキタなんて言われたらまるで電動工具を売っているように思われる。

まぁ、悪い気はしないからどうって事はないのだけど。

「これは失礼いたしました。マキダ 馨さんですね。宛名は正しいみたいですよ?」

「ホントですか?」

出鱈目を言っている可能性もあるので宛名をしっかりと確認した。

だが、そこには牧田 馨としっかり達筆な文字で書かれていた。

「そうですね。分かりました」

そう言いつつも詐欺の線は消えてはいない。

「一応、あなたの名前とお勤め先をお訊きしても宜しいでしょうか」

「ええ、分かりました。アズマ タケルと言います。方角の東に、健康の健と書きます。勤務先は…」

彼はそう言い、大手某配送業会社の名を述べた。

先程の僕の疑問の答えはアズマが正解だった。

「電話して、確認して頂いても構わないですよ?」

アズマと言う小柄な男はそう僕に述べた。

そこまで言うのなら、信用に足りるだろうと思い僕は大人しく荷物を受け取った。

それがこの世界の理を崩すものとも知らずに。



ありがとうございます。と言ってさるアズマと言う配達員の背中を見送る。

なんだったんだろう……。

不思議に思い深く考え事をしていると、後ろで物音がし、ふと我に帰り後ろを見る。

「おはよー……」

そこには未だ眠たげな目をしたユキがいた。

「おはよう」

返事を返す。

「それ何?」

彼女は早速怪しげなダンボールに興味を示した。

そのつかの間

「あ、いや、やっぱなし。楽しみがなくなっちゃうものね?」

と言った。

何を思っての「楽しみ」なのだろうか。

まぁ、ユキの事だから誕生日プレゼントか何かと勘違いしたのだろう。

「誕生日プレゼントではないけれど……。お誕生日おめでとう」

そう僕が言うと、ユキはなんとも言えない表情を浮かべた。それでも

「ありがとう」

と心から言ってくれた。

「そうだ、今日は僕が朝ごはんを作るよ」

愛しいカノジョからのお礼に気を良くした僕は、カレシらしく気を効かせたセリフを吐いてみた。

「珍しい……明日地震でも起きるのかしら……」

なんてね、と言ってユキはクスクスと笑った。

「酷いなぁ、それじゃまるで僕が朝ごはんを作らない人みたいじゃないか」

そう僕が言うと、さらにユキは、いつもはコンビニのパンで朝ごはんを済ませてるくせに。と笑いながら言った。

相当ツボったらしい。

ユキの笑った顔はユキのお姉さん(マキさんと言うらしい)によく似ているのだそうだ。

マキさんはユキよりも笑い上戸で、ちょっと嫌なことがあっても、「何とかなるさ」と言っていつも豪快に笑っていたという。

でも3年前の夏、マキさんは忽然と姿を消した。

亡くなったわけでなく、本当に姿を消したのである。

そして、ユキ以外の家族やマキさんの友人達はマキさんの存在を忘れていたという。

誰にマキさんの事を話しても全く信じてもらえず、挙句の果てにはユキは頭がおかしくなったのだと言われて、冷たい目で見られたらしい。

ユキは相当辛かっただろう。

いっそ自分までもがこの世から消えてしまいたいとさえも思ったのではないだろうか。

でも、今は毎日こうしてユキと笑い合っている。

ユキに比べて平凡な人生を送っている僕だが、こうして笑い会えることが平凡な人生なのだと思うと、平凡な毎日がどれほど幸せなのかをしみじみと感じる。

ユキもきっと、そう思っているはずだ。

どうか、この日々が続きますように。

「馨!」

不意にユキに名前を大声で呼ばれた。

焦げた匂いが鼻を突く。

手元を見ると黒焦げになった卵焼きがあった。

どうやら、考え事をしている間に作っていた卵焼きを焦がしてしまったみたいだ。

もう、ドジなんだから。と言いながらユキは僕をフライパンの前から押しのけた。


結局、朝ごはんはユキに作られることとなり、僕は大人しく朝焼けを情けない気持ちを抱えて眺めながら、ユキの朝食作りが終わるのを待っていた。

その間、朝突然届いた例のダンボールを開けることにした。

カッターでガムテープを切り、蓋を開ける。

開けたダンボールの中には、古いカメラとフィルムがあった。

カメラを取り出し、その外装を見る。 

社名やカメラの種類は全く書かれていなかった。

ネットで似たカメラを探すと、どうやらローライ35というカメラのようだ。ドイツのローライ社が1967年に発売したフィルムカメラです。との説明があった。

そしてフィルムは無地のケースに入っていた。

他に入っているものはないかとダンボールをひっくり返すと一枚の紙切れがヒラリと舞い落ちた。

レシートかなにかと思い紙切れを拾い上げ見る。

「ミライフィルム」

その内容は僕の興味をそそるものだった。

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