第14話

  はぁ……足の骨やら手の骨やら色んな骨が折れてしまったせいで一人で動く事もままならない。


「っいってぇええ!」

「他の患者さんも居ますのでお静かにお願いします」

「ごめんなさい……」


  そんな事言ったって出てしまうものは出てしまうんだからしょうがないじゃないか。

ここは地獄か……可愛い童顔の看護師さんの一人でも居ればこの入院生活もそう悪くないのだけれど。


  性格のキツそうな看護師さんがやたらキレ長の目で睨み付けてくる。マークされてるのかな?いやだなぁ。はやく家帰りてぇよ、病院怖いし先生怖いし、看護師さん怖いし爺さん婆さんばっかで可愛い子居ないし。もう寝よ明日になればみんな来てくれるだろう。


「もうこんな時間か……学校がないって言うのはそれはそれで暇だ、動けねぇし」


  ぼーっと寝たり起きたりを繰り返しているうちにみんなが下校する時間になっていた。


「やっべ、もうみんな来ちまうじゃん!」


  宮本に告白するチャンスを思わぬトラブルで台無しにされてしまったので、今日宮本が来た時に言えるように練習しておこうと思ってメモっておいたのだが、その紙がなくなっている。


  今から書いて何度か読み直せば行けるか?

 いや、さすがに時間がない。一発勝負で決めるしかない……いきなり不安になってきやがった、緊張でお腹痛い。


  トントンとドアを叩く音が聞こえる。さっそく誰か来てくれたみたいだ。


「どうぞ」

「こんにちは、壮馬くん体調どう?」

「お兄ちゃん少しは良くなった?」

「あれ?来たの美夜ちゃんと詠だけ?まあ、あんま変わった感じはしないけど来てくれてありがと!病院ほんと暇なんだよ、若い子一人も居ないし」


  病室の看護師全員の視線が一気に集まってきた。こういう時だけ耳良すぎませんか?はい、すみません……。


「翔吾達は時間ずらして来るらしいよ、詠ちゃんとは病院のロビーであったの」


  それはヒジョーに助かる、翔吾が気を使ってくれたのかな?


「暇なら私が一日ついててあげよっか?」

「明日からならそうして貰いたいかな」


  詠の優しさは嬉しいが詠に居られたんじゃ告るに告れない。


「なんで明日から?あ……うん!わかった」


  詠もなんか察してくれたみたいで良かった。ほんといい子だな、詠は。

  後は翔吾が先に来てくれれば少しは心の準備が出来るんだが……。


「これ買ってきてあげたよ、これなら食べやすいでしょ」


  オレの好物のぷっつんプリンだ、病院の飯は不味くて食えたもんじゃないので素直に嬉しい。

  だから看護師の人達はなんで心まで読んでんの?

 作った人違うでしょ?はい、ごめんなさい。


「おぉ!美味そうだな!あ……でもオレ手の骨も折れてるから一人だと食えないんだよね」


  自分の腕を見て今の状態を思い出した、告白の事で頭がいっぱいで完全に忘れていた。


「じゃあ私が食べさせてあげよっか……?はい、あーん」

「でも悪いって、他の人居るし恥ずかしいわ」

「いいから口開けて!私も恥ずかしいんだから……!」

「わかったよ、あ、あーん……?」

「兄弟の食べさせあいっこいいかも」


  自分の弟とは言え、いや自分の弟にあーんさせてると思うと尚更イケナイ事をさせているようで罪悪感を感じる。美夜ちゃんに至っては平常運転で安心感すら覚えるね。


「ど、どう……?」

「美味い。自分で食うより三倍くらい美味しいな!」

「そ、そっか!えへへ」


  詠も満足オレも満足、ついでに美夜ちゃんも満足、二人のおかげで少し緊張が溶けた気がするんだぜ。


「じゃあお邪魔になっちゃ悪いから、私達そろそろ帰るね」

「また学校で会おうね」


  手は振れないので気持ちだけ手を振って見送ると、二人と入れ違いで翔吾が入ってきた。


「お疲れ、いかがお過ごしで?」


  よっこらせと野太い声で椅子に腰を下ろしながら、母親のように手馴れた様子でりんごの皮を剥き始める。


「最悪だよ、病院怖ぇし看護師怖ぇし医者怖ぇし」


  また看護師の視線が集まった気がした、助けて……ひえぇ……。


「あはは。そりゃ残念だな!それで、お前宮本に告るんだろ?」

「さすが翔吾だなあ、全部バレてたのか……でもちょっと緊張してきちゃって」


  すると翔吾は今剥けたばかりのりんごをオレの口に突っ込んだ。


「んぐっ……!?」

「まあこれ食って落ち着け、きっと上手く行くからさ」


  咥えたりんごを落とさないようになんとか飲み込む。


「ぶっちゃけ宮本のオレへの好感度ってどんくらいなの?」

「あんま詳しくは言えないが、お前が思ってるよりはいいと思うよ」


  翔吾が言うならそうなんだろう、前向きに捉えておこう。


「壮馬が相手の全部を認めて、自分の全部をさらけ出す覚悟があればきっと大丈夫だ」


  そう言うと病室を出ていってしまった。

 別れ際に翔吾の言っていた言葉、あれはどういう意味なんだろうか……遂に残すところは宮本だけになってしまった。


  もうすぐ宮本も来るだろうし、そろそろ覚悟決めねぇとな…… 翔吾が出て行ってから十数分経って宮本が病室を訪れた。


「こんにちは、昨日はその……ごめんね、それとありがと……!体調どう?」

「体調は相変わらずだけどその事に関しては気にすんな、ただの事故で宮本は悪くない。翔吾も言ってたけど二人とも無事、それだけで良かったじゃん?」


  昨日のあの時からずっと思い詰めていたんだろう、そりゃそうだよな。誰だってそうだ、オレだってそうだ、宮本とオレの立場が逆だったら例え許して貰えたって忘れずに悔やみ続けるだろうし。


「……そうだね!何か食べたいものとかある?」

「食べ物はもういいかな……それより大事な話があるんだ」


  覚悟を決めて話を切り出す。


「わたしもあるんだけど、いい?」


  暫しの沈黙が訪れる。男なら自分から言いたい所だが、宮本の言いたい事が何か分からないので了承する他ない。


「うん、いいよ」

「わたし、ほんとはみんなに好かれるような子じゃないんだ、ずるくて変な性癖があって比嘉くんの事、きっと傷付けちゃう……」

「突然どうしたんだ?性癖?宮本に傷付けられた事なんて……あ、あんまりないぞ?」

「信じられないかもしれないけど、今から言う事は全部ほんとの事だから。だから正直に思った事言って欲しいんだ……」


  宮本の様子がおかしい……凄くつらそうだ。無理して言葉を捻り出しているかのように。


「……分かった」

「比嘉くんって仲良くなる前に、わたしの事ちらちら見てたでしょ?実はその時から胸が切なくなって比嘉くんにたくさんいじわるしたくなったの。比嘉くんの事を思い出すだけで、胸が苦しくていじわるしたいとか恥ずかしい事させたいとか調教したいとか思うようになったんだ……」


  半ば訳の分からない事をたて続けに言われてノックアウト寸前だ。気をしっかり保て、嘘は言ってないって言ってたし。ダメだ、意識飛びそう……。


「それからちょっとして、それまではただ胸が苦しいだけだったのに気付いたら自分が抑えられなくなってて。収まるまでトイレへ逃げたりしてやり過ごしてたのに日を追う事に気持ちは強くなるばかりで……なんとかしないとどうにかなっちゃうって思った」

「……うん」

「水着買いに行った時あったでしょ?あの時、比嘉くんの水着選んでる時に暴走しちゃって、それを全部稲畑くんに見られちゃったの」

「……そうだったんだ」

「やけになってわたしの事全部話したら、バレないように治すの協力してくれるって言ってくれた。稲畑くんと二人でいっぱい色んな事を試したけどそれは全部一時的な解決にしかならなかったんだ……」

「それって治さないといけない事なのか?」


  オレは瞬時に口を挟む、自分の言っている事と頭の中の整理が全く追いつかない。


「だって比嘉くんの事傷付けちゃうし、こんなわたし嫌いになっちゃうでしょ?」


  確かに宮本の調教はトラウマだ。だが、それが宮本の個性だと思えばそう嫌ではない、のかもしれない……それほどまでにオレは、自分が思っているより遥かに宮本有栖の事が好きで好きでたまらないんだ。


「じゃあ今度はオレの話も聞いてくれるかい?」


  宮本が自分を追い詰めて一人で傷付いてしまうならオレはそんな事しないで欲しいし、それですっきりするなら好きなようにして欲しい。


「オレさ、宮本の事がずっと好きでね」

「嘘……」

「嘘じゃないよ。てかバレてると思ってたんだけどな。オレ嘘下手だし、凄くガッツいちゃってたし。学校ですれ違った時に一目惚れしちゃって、気付いたらそれから目で追うようになっててさ、そしたら見てるうちに内面もどんどん好きになってっちゃって。……あー!もうどうしたらいいんだよこれ!ってなって翔吾達に相談したんだ」

「比嘉くんも稲畑くん達に?」


「そ、だから宮本と一緒かな?宮本とはちょっと理由が違うかもしんないけど、してた事は一緒なんだ」

「わたしも……わたしも比嘉くんの事好き……好きだからそう思ったの、でもこんなわたしを見たらきっと嫌われちゃうって思って」

「オレの事が好きってホントに?ドッキリじゃない??」


  宮本がオレの事を好き?あの時からずっと両思いだった?そんな展開がホントに有り得るのか?


「……全部本当の事だってば。それで、ある女の子から相談されたの……比嘉くんの事が好きだから付き合う為に協力して欲しいって」

「へ、へぇそうなんだ……」

「わたしも、比嘉くんの事渡したくなかったから断ったの……。そしたらその子泣いちゃって、泣き止んだ後にこう言ったんだ、自分の恋なんだから自分一人で何とかしなくちゃダメだよねって」


  オレに告白してくる女子なんて極小数なので誰かは検討が付いている。だからあの時あの子は、


「あーあ負けちゃった」


 ……なんて言ってたんだ。


「それ聞いたら申し訳なくなっちゃって、自分だけ稲畑くんに協力して貰って、その子は一人で頑張ったのにわたしだけずるしていいのかなって。ほんとはずっとこの先も隠して行くつもりだったけど、もしフラれるとしてもこの気持ち、全部伝えないと胸が苦しくてたまらないよ……」

「秘密話してくれてありがと。宮本は良く頑張ったと思うよ!」

「こんな話聞いちゃったら、もうわたしの事好きで居られないよね。ごめんね……?」

「宮本がなんであろうとオレは嫌ったりしない、隠し事されてる方がオレはつらいよ。だからちゃんと話してくれてすげー嬉しかったんだぜ?」

「ほんとに……?ほんとのほんと??」

「ほんとのほんとのほんと」

「ありがと……でも、こんな泣きながらじゃ一番伝えたかった事言えないね」

「じゃあオレが言ってもいい?」

「だめ。涙拭くから一緒に言お」

「それいいね、じゃあ言うよ」


  深く息を吸い込んで放つ。


「これからはそんな悲しい顔させない、これからも嫌いになったりなんて絶対しないって誓うから、だからオレと」

「比嘉くんに見合う理想の女の子になるから、だからわたしと」

「「……付き合ってください!」」

「はい……喜んで」

「喜んで!」

「っぃやったぁぁぁぁあ!」


  静かにしてくださいと冷ややかナースに半ギレ状態で諭されたが、今はそんな事全く気にならない。念願の宮本とカレカノ状態に!この幸せな状況に胸を踊らせていると、部屋の外から胡散臭い拍手が聞こえてくる。そこに現れたのはさっき帰ったはずのオレの親友、稲畑翔吾ではないか……!?


「翔吾!?どうしてまだここに」

「そりゃ二人の助っ人だからな」

「や……稲畑くんも見てたの……恥ずかし……」


  照れてる宮本もかわいい。


「何はともあれ良かったな、二人とも!最高のハッピーエンド見せてもらったぞ。これを見るためにどんだけ苦労した事か」

「本当に稲畑くんには感謝してもしきれないなぁ」

「最後は宮本一人で頑張ったんだからすげーよ、報酬はこの光景って事で気にすんな。じゃあ俺はそろそろおいとまするわ、ごゆっくりー!」

「あ、ちょ、冷やかすなばか!でも……ありがとな!」

「もう……稲畑くんったら」


  顔を見合わせると、思わず笑いがこみ上げてきた。


「ぷっ……はははは」

「……あははっ!」

「いやーキンチョーしたぁ……。まさか両思いだったなんてちょっと気恥しいよ。でもな宮本、もう宮本は十分オレに見合う女の子だから変わる必要ないよ」


  かぁぁと、途端に茹でダコのように顔が赤くなっていくのが見てとれる。小さな手で頬を隠しながら続ける。


「な……!?でも、わたしは恥ずかしい気持ちより嬉しい気持ちの方が大きいから気にならないよ……!」

「オレも涙出そうなくらい嬉しいよ、てか出てきた」

「じゃあ明日からは、わたしが彼女として看病してあげるね!」

「マジ!?宮本が居たらここも天国に変わるな!」

「大袈裟だよ、もう……ちょっと提案あるんだけどいいかな?」

「なんでもいいよ!」

「せっかくわたし達付き合ったんだし、お互い苗字で呼ぶのもヘンでしょ?だから有栖って呼んで欲しいな、なんて……」

「それもそうだな。じゃ、じゃあ……有栖、オレの事も下の名前で呼んで欲しいかな……」

「じゃあ壮馬くんね!えへへ……!」


  付き合い始めただけでここまで喜ぶのはリア充の方々からしたら大袈裟かもしれないが、それでも飛び跳ねそうなくらいすこぶる嬉しかった。そうか、オレもこれで晴れてリア充の仲間入りか……!


 少しずつだけど二人で前に進んで行けたらな、なんて……やっぱ恥ずかしいから今のなしで!!

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