第4話

 美夜がうちの学校に転入してきてから二日が経った。

 ここでも美夜は相変わらず凄い人気みたいだ。でも以前とは一つ違う点がある、反応に困ってはいるものの美夜は凄く楽しそうだった。


 恋愛的感情を向けられているのではなく、純粋に仲良くなりたい。

 そういった気持ちが遠目で見ていても分かる、本当は最初から友達が欲しかっただけなのかもしれない。


「幼馴染ちゃんわりと馴染めてるみたいだけど翔吾はあっち行かなくていいの?」


 壮馬がいつものヘラヘラした笑顔で話しかけてくる。


「ばーか。俺が行ったらみんなと仲良くなれないだろ」

「あぁそっか、それにしても美夜ちゃん可愛いね! サバサバしてるとことかも含めて身長も150なさそうだし胸はAくらいかな?」

「いきなり下の名前とか馴れ馴れしいんだよ! よくそんなおっさんみたいなセリフがぽんぽん出てくるな? 残念ながら152で胸のサイズはBだよ!」


 もしかしたらガチで美夜を狙っているかもしれないという事に危機感を覚えまくし立てる。


「仲良くなるには下の名前の方が良くない? てかなんでそんな事知ってんの!? ね、もっと教えて!」


 いや、べ、別に……ち、違うんだからねっ! 自分から聞いたわけじゃないんだからねっ!


「じゃあ名前だけ許可するが近付くのはNGな。美夜に直接聞け」


  なんとか平静を保ちつつ、やや早口で返答する。

 俺なんでこんなに冷や汗かいてんだろう。汗で湿った首筋をハンカチで拭う。


「近付くなって言った後に直接聞けは支離滅裂過ぎるだろ。何!? 翔吾は美夜ちゃんの家に挨拶に来た時の美夜ちゃんのパピーのつもりなの!?」

「例えがピンポイント過ぎるが悪くない例えだな、だいたいそれであってる。壮馬じゃなくても他の子と仲良くできそうだし。なーんてな! とりあえず美夜にコンタクト取ってみろよ」


  こればかりは頼んでおいたのにいざやるとなったらやっぱやめたくなった。なんて言えないので冗談にしておこう。


「ビビらせんなよ。じゃあ話しかけてくるよ」


  ニッコニコの笑顔でいびつなスキップをしながら美夜に近付いていく様子はイケメンでなければ不審者そのものだった。


「おーいみっやっちゃーん! オレ比嘉壮馬って言うんだけど! 美夜ちゃんと仲良くなりたくてさ! いい? スリーサイズは?」

「だめ。あ、じゃなかった……うん、よろしく。あ、変態……」

「うん、よろしく……ごめん」

「うん」

「「……」」


  あ、会話途切れた。お、帰ってきた?

 うわ、半泣きじゃん。


「翔吾ぉぉぉ……」

「よしよし、拒否られてたなー。でもスリーサイズ聞いたお前が悪いと思うな」

「だって翔吾が直接美夜ちゃんに聞けって……」


 分かったから上目遣いはやめろ。変な疑惑が立ったらたまったもんじゃない。

 ほら、さっそくコソコソなんか言われてるから!


「壮馬が美夜の高校の友達の第一号になるのはとても不服だが、言ったからには俺が仲を取り持つ。だから頑張れ!」

「不服?今不服って言ったよね?!」


「美夜、ちょっといいかな」

「うん、何?もしかして寂しくなったとか?」


  無表情できゃあきゃあ一人で舞い上がってるとこも可愛いし抱き締めたい。そんな感情を黙らせつつ本題に戻る。


「それもあるけど、さっき美夜に話しかけてきた変なイケメン居ただろ?」

「寂しいんだ……私も寂しかったよ。

 あーうん、ちょっと前の学校の事を思い出して拒んじゃった。男の子から話しかけられると変に気構えちゃって、比嘉くん悪くないのにね……」


  気持ちは分かるが、美夜が男を怖がるのも無理はない。毎日違う男に告られてれば誰だって気構えるだろう。そして一つ言うと壮馬が普通に悪いよ。


頷きながら美夜の頭を撫でてやると、くすぐったそうに甘えた声を出すので周りの視線が痛い。

  以後気をつけますんで落ち着いて、シャーペンの芯をしまって男子達!


  でもぶっちゃけると可愛い過ぎて壮馬の事も周りの目もどうでも良くなってしまうから困る。


(何!イチャついてんだ!話進めろよ!)


  壮馬がヘッドバンキング並に必死に首で訴えかけてきたので本題に入ろう。

  じゃないとあいつの首がお陀仏になるからな。


「壮馬はこっちに来て初めてできた俺の友達なんだ。だから美夜ともきっと仲良くなれるんじゃないかと思ってさ」


  んっんっ! と壮馬が首を縦に振っているのが見えた、少し美夜の顔が曇ったが気にせずこの調子で話を詰めよう。


「ほ、ほら美夜にはまだこっちの友達少ないだろうし俺の友達って点でも安心だろ」

「うーん……いいよ?」

「え、いいの!?」


  壮馬がほっと胸を撫で下ろしたかと思うと跳ね上がる。

  忙しい奴だ。だが素直に肯定してくれるとは思わなかったので俺もかなり驚いている。


「んーほんとは比嘉くんみたいな人は苦手なタイプだけど翔吾のお願いだから。それにわざわざ私の為に友達になろうとしてくれてるって事は悪い人じゃないと思うから」

「そっか、俺も全面的に協力するからな」


  さっきまで止めさせようと思ってたけど美夜にその気持ちがあるなら別だ、放課後ファミレスで待ち合わせる事にして一時解散。


「お、居た居た」

「おいおい、父親同伴とか聞いてないぞ?」

「壮馬と二人きりにしたら気まずいだろ」

「翔吾、遅れてごめんね。あ、比嘉くんもさっきぶりだね」

「さっきぶりー」

「揃ったし中入るぞ」

「あぁっ……中はらめぇ」

「自重しろ」


  壮馬のせいで入店そうそう店員さんに変な目で見られた、まだ昼過ぎで子連れのマダム達も大勢居るので下ネタは慎んで欲しい。

  美夜が手前の奥、俺がその横、向かいが壮馬の順に座り、美夜がメニュー表を開く。


「今日は奢ってやるから好きなの食べていいぞ」


  やったぁ! と嬉しそうに小さくガッツポーズ。可愛い。実に奢ってあげる甲斐がある。


「翔吾は何食べるの?」

「俺は腹減ってないからドリンクバーで」

「オレ、このパフェとドリンクバーがいい」

「金欠とか言ってなかったか?」

「え、奢ってくれるんじゃないの?」

「じゃあ私もそのパフェとドリンクバーにしようかな」


  美夜に奢ってやるって言ったつもりだったんだけど。仕方ないし諦めて壮馬の分も俺が出そう、パフェとドリンクバーならせいぜい二人分で1000円ちょっとだろうし。


「しょうがねーなぁ、今回だけだぞ」

「ごちそうさま!」

「ありがと、翔吾……っ!」

「ご注文は以上でよろしいですか?」


  金額を見てゾッとしたが、美夜を悲しませる訳には行かないので大人しく奢らせていただきますね? お嬢様。

 コホンと一度咳払いをして、本題に入る。


「今から壮馬と美夜の親睦会を始めたいと思います」

「「おー」」

「まずはお互い自己紹介から始めよう」

「んーじゃあオレから」


  美夜と俺が相槌を打つと、壮馬が自己紹介を始める。最初が肝心だ、ここでポイントを稼げればいいんだけど。


「一組の比嘉壮馬、まあ二人とも同じ組だし知ってるか。オレ小さい子が凄い好きなんだよね、あのふにふにぺたぺたの触感とか出るとこ出てない発育途上の体とか凄い惹かれるものがあると思うんだ」


  終わった、こいつ嘘付けないんだった。

 開口一番酷過ぎる自己紹介に気が滅入りそうだ。


「そうなんだ……」

  壮馬の自己紹介には、確かに引かれるものがあったみたいだ。それよりなんとか弁解しなくては。


「いや、まあ今のは壮馬の定番ジョークみたいな? ちょいとキツイけどいつもウケいいんだよ!」

「何言ってんの?ネタじゃないからな、150センチ以下しか興味ないけど美夜ちゃんは超可愛いよ! あと2センチ縮めばドストライクだよ」


  おい! 何言ってんだ!? 前から思ってたけどこいつ馬鹿だろ。美夜怯え始めちゃってるよ? どうすんのこれ! フォローしてんのにさらに悪化させるとか才能あるわ馬鹿野郎っ!


「か、からかってるだけだから気にすんなよ?」

「やっぱ比嘉くん苦手かも……」


  潤んだ瞳に、大粒の涙が溜まっていくのが見える。

 美夜をなだめながら小声で壮馬に指示を出す。


「今のも壮馬の冗談みたいなものだから。チャラ男っぽく見えるけど以外と一途なんだよ。な?」

「お、おう。そんな怖がると思わなくて、ごめん」

「ほんとに?」


  上目遣いやべぇ。じゃなかった!

 ひとまずなんとか納得してくれたみたいで良かった。


「ああ、ほんとだよ」


  じゃあ次は私の番だね、と涙を袖でふきふきして美夜も自己紹介を始める。


「翔吾の幼馴染で、将来は翔吾のお嫁さんです」


 この子はこの子で真顔で何言ってんの?!


「は?」


  壮馬さん目が怖いです……。

 そんなマジになんなよ、たかが冗談だろ……?


「それ小学生の頃の話だから、美夜ジョークだよジョーク!」

「小学生の時でもしたのはしたよね、違う?」

「まあ、それはそうだけど……」


  美夜さん、あなたも怖いです。


「えへへ」

「オレの前でイチャイチャすんなよ。こんちきしょう」


  壮馬の憂鬱そうな顔を見るとただならぬ罪悪感に苛まれる。


「イチャイチャなんてして……たわごめん……」

「でも美夜ちゃん、翔吾と話してる時はほんとに楽しそうだね」

「付き合ってきた歴が違うからな」

「オレもちっちゃくて可愛い子と幼馴染になりたい」

「ああ、そうだね」


  今更叶うはずのない壮馬の切実な願いを軽く流しつつ、脱線し過ぎたので話を戻そう。


「二人に仲良くなってもらう為にゲームをして貰いたいと思う」

「ゲーム? 何すんの?」


  この時の為に事前に幾つかゲームを選んである。


「まずはロシアンルーレットだ。簡単に説明すると、今からここにコーラ、カルピス等々、五つの飲み物の中に一つ青汁のコップを混ぜて一人一つずつ飲んでいき青汁を引いた人が負けだ。どうだ、簡単だろ?」

「面白そうだけど目隠しとかは? てかドリンクバーによく青汁あったね」

「目隠しは欲しいところだが今回はないからお互いの手で隠す」

「じゃあ私、翔吾の目隠すから翔吾も私の目隠して」


  もちろん断る理由もないので了承。最初は美夜の番なので、そっと両手で美夜の目を覆う。

 一応分かっていたらつまらないので俺達もそっぽを向く。


「よしコップ持ったな?」


  こくんと頷きながらコクコク可愛い音を立てコップの中身を飲み干す。


「ぷはぁ……普通に美味しかったよ?」


  どうやら美夜はハズレのようだ。いや当たりか。ん? 当たりではないけどハズレではないよな?

 まあこの話は考えたら長くなりそうなので置いておこう。


「次は壮馬の番だな」


  今回は仲良くなる為という事で美夜が壮馬の目を隠す。


「あぁ美夜ちゃんのちっちゃくて可愛い手がオレの目に……っ!?」

「いいから早く飲め!」

「あぁ! 視界も自由も奪われて乱暴に口の中がべとべとした白濁液に蹂躙されちゃう……」

「なんともないな?」

「んや、喉が孕んだ」

「だから自重しろ」


  壮馬が飲んだのはカルピスだな、という事は残るコップは四つ。確率はそう高くない。一応言っておくと青汁がどうしても飲みたくないとかそういうわけではない。苦いのはどちらかと言えば得意だし、逆に得意だから当たりたくないんだ。


  もし仮に俺が当たり?ハズレ?どっちでもいいが、青汁を引いてしまうと得意な分面白い反応が出来ず面白みにかける上にゲームが終了してしまう。

 それが最悪の事態だ、それだけは避けなければならない。


 それが二人の親睦会なら尚更俺がここで青汁を引いて終わらせる訳には行かない。

 だが、いつまでも戸惑っている訳には行かない。

  ひんやり冷たい感触が俺の視界を遮る。

 その間も刻、刻一刻とカウントダウンが迫ってきている。


「飲まないの?」

「い、今飲む!」


  ああ、分かったよ!どうとでもなりやがれっ!


  右手にコップを掴み、呼吸を整えて一気に飲み込む。なんだこの味は……口の中に広がる強い苦味と青臭さ、この健康そうな味は一体。

 とぼけようとも俺を襲う苦味に慈悲はない、その苦味が俺に終わりを告げる。


  ひ、引いてしまった! う、嘘だ……!

 確率は4分の1、そう25パーセントだ。決して高い数字ではないはず!

 それなのに見事にフラグ回収してしまうとは自分の運のなさを思い知らされたな。


「……ごめん」

「き、気を取り直して次行こ?」

「いいっていいって! そんで次は何やんの?」


  怒涛の一人反省会に入ってしまっていたせいで二人の優しさが身に染みる。

 二人ともありがとう、次は絶対成功させるから。


「順番を間違えたかもしれないが質問し合って聞かれたことには絶対答えないといけない。なんてのはどうかな?」

「絶対!?」


  壮馬の食いつきっぷりと目がガチで不安になったので絶対はやめよう。


「いややっぱりなるべくにしよう」


  美夜は安心したように胸を撫で下ろし、壮馬は不満そうに顎を尖らせている。

 いや、尖らせるなら普通は口じゃないか?


「じゃあそうだな。美夜が壮馬に、壮馬が俺に、俺が美夜へ、の順で質問してって質問が尽きた方が負け。制限時間は一分だ、はいスタート!」


  美夜は考えたまま、一向に質問をしない。


「はい美夜ちゃんの負けー」

「一個も思い付かないか?」

「うん……こういうの初めてだから何を聞けばいいのか分かんなくて」

「始めは好きな食べ物とか好きな物とかそんな感じのでいいんじゃないか?」

「分かった、それで頑張ってみる」


  よし、仕切り直してスタート。


「比嘉くんが好きな食べ物は?」

「ちっちゃい女の子」

「え……」

「お前それはアウトだろ」


  何やら美夜が携帯をピコピコ弄り、耳に携帯を当て始めた。


「ちょ、美夜ちゃんすとっぷ! 冗談だから通報しないで!」

「じゃあ自重して」

「ごめんごめん! 翔吾への質問は……もうだいたい知ってるしなぁ。あ! 週に一人でする回数は??」

「それもアウトだろノーコメントだ」

「じゃあ週に自分を慰める回数」

「だからアウトだって言ってんだろ!」

「美夜への質問は、そうだな……学校は楽しいか?」

「うん、楽しい。みんな優しくしてくれるし」

「そっか! 偉いな」


  ん、と心底嬉しそうに頷く。

 余談だが、俺程の美夜マスターになると変わり映えしない美夜の表情からでも感情を汲み取れるのだ。ふふん。


「比嘉くんの好きな色は?」

「園児みたいな質問だね。あ、オレの中の園児みたいなは褒め言葉ね褒め言葉! 好きな色は青だよ」

「じゃあ翔吾への質問はオレの好きなところ3つ以上」

「調子がいいところ、優しいところ、明るいところ、意外に紳士なところ」

「確かに、比嘉くんはロリコンの変態みたいだけど優しいのはそうかもね」

「素直に褒められると照れるな……」

「自分から聞いたくせに」

「翔吾に褒められると他の人より恥ずかしい。でもそれ以上に嬉しいよね」


  俺の言葉を遮るように、美夜が壮馬に同調する。美夜が自分から話しかけた。

  あ……と自分のした事に気付き、手を口で抑え恥ずかしそうに俯く。


「美夜ちゃんから話しかけてくれたなんて……っ、やったぁぁああ!」


  壮馬は、本当に嬉しそうにガッツポーズをとる。

 他の客の目も気にせず、ただひたすらに嬉しそうで、そういう所がやっぱりいい奴だなって思った。他の人には迷惑だけど。


「あ……今のは口が勝手に」


  恥ずかしそうに裾で口元を覆う。


「話せるようになったならいい事じゃん」

「そうそう、オレも美夜ちゃんと仲良くなりたいだけだからさ」

「あ……でも」

「仲良くなる事は悪い事でも恥ずかしい事でもないんだよ、頑張れ」


  そう言って美夜の背中を押すと美夜は大きく息を吸い、振り絞るように言葉を紡ぎ出す。


「あの、壮馬くんっ。わ、わた、わたたひと! おともだひになってくらひゃい……っ!」


  所々噛みまくりだったがそれを笑う人なんかここには誰もいない。一生懸命自分から友達を作ろうとしてる女の子を誰が笑えるだろう、それどころか俺は涙すら浮かべていた。


  人見知りな美夜が、自分から友達になってくださいだなんて初めてで……うぅ……。


「こっちこそよろしくね!!」

「良かったな美夜……!」

「うんっ……!」


  そう言って笑う美夜の笑顔は、いつも以上にとびきり輝いて見えた。


「美夜ちゃんLINEしてる?あ、してる?んじゃ交換しよ。QR見して!」

「うん!」

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