第14話

 四月が始まった。今日から、私の仕事ライフがスタートする。


 朝八時、春の軟らかい風を浴びながら、私は自分のアパートを出る。新しい挑戦へのワクワクと、ちゃんと仕事をこなせるかのドキドキを入り混じらせながら、最寄り駅までに繋がる小さな緑道を進む。桜がひらひらと舞い踊り、地面へ着地して、桃色の華やかな絨毯を広げている。暖かい色のカーペットが、私の新しい道を祝福してくれているようだ。


「綺麗な桜……おばあちゃんに見せたいなぁ、写真撮っておこう」


 私はスマートホンのカメラで、桜の写真をカシャリと撮る。穏やかな朝日を浴びる中で、開く蕾も、散る一枚も、地面の数えきれない彩りも、皆美しい。


「一年中桜が咲いていたら、いいのにな。でも、短いから、より綺麗に見えるのかな」


 この季節は短く寂しいが、桜が散ってしまっても、まだ、地面に貼り付く花びらが、私を楽しませてくれるのだなと、毎日の通勤が楽しみだ、なんて思えた。


「スーツ似合っているかなぁ、慣れないなあ」


 駅の近くまで進み、商店街のガラス窓に映る自分を見て、ビシッとスーツを着ていることに何故かドキドキした。黒色で通勤する自分が、大人の仲間入りができたみたいで、なんだか楽しくなってくる。大学に行けなかったことは、悔しい。でも、スーツ姿の自分を見ていたら、なんだか一気に大人になってかっこよく感じてきたのだ。


「見た目が良くったって、仕事できなきゃ意味ないけれど」


「優しい先輩だといいな、怖かったらどうしよう……いやいや、負けちゃダメ!」


 歩きながら、自分がこれから勤めることになる職場まで、いろんなことを考えながら通勤をする。どんなところだろうか、教えてくれる人はどんな人だろうか、そんなことをくるくると頭の中で回し、ドキドキしていた。


 しかし、最寄り駅のホームについてから電車に乗ったら、そんなこと、考える暇なんて一ミリもなかった。


「え、ちょ、ひとすごっ……ぎゅうぎゅうじゃん、えぇ」


 電車が来た瞬間、すでにぎゅうぎゅうに詰め込まれた箱の中にさらに押し込むように、人が雪崩れ込む。私はその中で、波に流されるように乗り込んだ。


「立つのもしんどい、苦しいやつ」


 これが満員電車というやつか、と私は初めて世の電車通勤者の気持ちを知る。高校卒業するまでは、電車通勤なんてしたことはなかったので、こんなにしんどいのかと衝撃を受ける。押し込まれて三十分潰れていると、職場の最寄りにやっと着いた。降りるまで三十分のはずなのに、こんなに長く感じるのは何故だろうか。私はやっと外の空気を吸えると安堵する。


「疲れた……なんだこれ」


 これから、毎日こんな電車に乗らないといけないのかと、憂鬱に思ってしまった。しかし、こんなことでへこたれてしまっていたら仕事なんて、できやしない。頑張るしかないのだ。


「よし!」


 私は高校時代の友人の智花が、気合を入れる時と同じセリフで切り替える。そして、しばらく進んで働く職場の前に着いた。だんだん、緊張の塊が大きく増えてきて、ドキドキしてくる。


「元気な挨拶、良い背筋、お辞儀……」


初日に自分で考えた、気を付ける事を唱えながら入り口に入り、大きな声で挨拶をした。


「おはようございます!」


 初めての社会人は、元気の良い声でスタートした。これから始まる新しい生活を元気に楽しく生きるために。

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