第8話

「荷物はこれだけかな」




 私は四月からの一人暮らしに向けて、自分の部屋の荷物を片付けていた。持っていくものを仕分けて、段ボールを部屋に増やしていく。四角がボコボコと、毎日増えていくのだ。




「あ、この写真……」




 そして、片づけを進めていくと、クローゼットの奥からは、自分が小さかった頃の家族の写真が出てきた。私がまだ、記憶の薄い頃の写真だった。




「お母さん……」




 写真の中で、お父さんとお母さんと小さな私が微笑んでこちらを見ていた。春の素敵なピンク色の吹雪の中で、楽しそうに笑っている。懐かしき日々の写真は、私の昔の記憶を、心の底から蘇らせてくる。




「お母さん元気かな、ごめんね」




 私のお母さんとは、小学校二年生の時から会っていない。気が付いた頃には、家からいなくなってしまっていた。お母さんとの記憶は確かにあるけれど、パタリと姿を消したのがまだ幼い頃であったから、鮮明には出てきてくれない。




「お父さんのバカ、バカバカバカ」




 記憶が蘇るにつれ、感情的な言葉が出てきてしまう。あの頃、急にお母さんが消えたことに、幼い私は理解が出来ていなかったのだ。いつか帰ってくるんだと、信じていたかった。しかし、高校生になり、私は知ってしまったのだ、聞きたくもない真実を。お父さんが出て行けとお母さんに言ってしまってから帰ってこなくなってしまったことを。だから、お父さんなんて嫌いなんだ。お母さんを追い出して、最低なんだ。




「聞かなきゃよかったのかな」




 私はぽつりぽつりと、湧き出る感情を漏らしながら片付けを進める。過去の幸せな思い出が顔を出すたびに、心の底にある寂しさが私の体の外へと叫び出る。




「バカバカバカ、バカァーー!」




 気が付けば、視界は湖になっていた。どうして、こんなにも寂しい気持ちになってしまうのだろうか。茶色の段ボールの山の四角が歪んで見えてしまう。私はこれから自由になることが出来るのに、どうして涙を浮かべているのだろうか。




 新しい生活に期待を膨らませると同時に、心が私に過去を蘇らせていく。寂しい寂しいと奥底から溢れてきて、湖が揺れ出す。




 ポタポタと雫を段ボールに染み込ませながら、私は家を出る準備を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る