第50話 ドキドキの看病ーー①

「ゲホッ、ゲホッ!」


「なんで暖かい格好して寝ないの? 夏だからって言っても昨日の夜はかなり冷えてたんだから」


「ごめん……」


 まさか風を引いてしまうなんて。昨日の夜は波乱万丈すぎて布団に入る気力もなかった。


 まさか楓が義理の妹なんてな……。

 そのことは昨夜に吹っ切ったはずなのに、体調不良のせいで心が弱っているせいか胸が苦しい。


 別に義理だからどうとかではなくて、ただ自分で気付けなかったのが情けないのだ。

 一カ月以上も暮らしているというのに……。


「兄さん大丈夫? 私も学校休んで看病しようか?」


「大丈夫だって。受験生なんだからちゃんと授業受けてきな」


「わかった……。苦しかったら連絡してね?」


「うん。ありがとう」 


 楓にも心配かけちゃってるし、早く治さないと。


 僕は一度原因不明の病に苛まれ、生死の世界を彷徨った経験がある。

 そのせいか妹も僕が病気になると人一倍心配してくれる。


 こんなのただの夏風邪なのに。


「じゃあ行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい、ゲホッ ゲホッ」


 楓は新しい氷枕を持ってきた後に急いで学校に向かっていった。


 変な手間かけさせてしまった。

 兄として情けない。


 体が重い。頭から足の指先まで熱い。

 全身が燃えそうだ。

 先ほど熱を測ったが三十八度あった。


 一回寝よう。


 今は早く寝て、早く回復させるのが先だ。


 重い瞼をそっと閉じ、眠りに就いた。

 

 ◇◆◇

 

「グラァァァ」


 人より遥かに巨大な体躯と、牛の頭部を持ったモンスターが片手に持った斧を僕にめがけて振り下ろしてくる。


 僕はその猛攻撃を避け、モンスターの隙を伺う。


 攻撃をずっと避けていると、モンスターに大きな隙ができた。

 その隙を見逃さず、持っていた剣を奴の胴体にめがけて振り下ろそうとしたとき、一人の少女の声が聞こえた。


「キャァァァ!」


 透き通るような声色が、恐怖に染められていた。


 もう一体のモンスターがその少女にめがけて斧を振るった。


「危ない!」


 彼女の体を突き飛ばし庇ったが、僕はそのモンスターに体を切断された。


 右肩から左わき腹まで斧の冷たい鉄の部分が僕の体を切り裂いていく。


 心臓も、内臓も切断され、最後の感覚は


 ――冷たい。


 それだけだった。


 ミチミチミチ

 自分の肉が断たれていく音とともに、僕は息絶えた。


 ◇◆◇


「うわぁぁぁぁ!」


 恐怖と絶望が入り乱れた声を上げながら飛び起きた。


 今のは夢なのか……?

 あれは……僕が死んだときの夢?


「兄さん大丈夫⁉」


 右の方からなぜか懐かしく聞こえる声がする。


「楓……」


 何故だろう。楓の表情を見た瞬間、涙が突然次から次へと出てきた。


「に、兄さん⁉」


 楓は焦って僕を抱きしめて頭を撫で始めた。


「怖い夢でも見た……?」


 こくりと頷く。


「もう、子供じゃないんだからしっかりしてよね」

「ご、ごめん」


 確かに恥ずかしいけど、あの夢は本当に怖かった。

 夢だというのにまだ体内に斧が入っているような感覚がある。


 あの夢は確かに僕が死んだ時と全く一緒の光景だった。


 一人の少女を助け、僕は息絶えた。


 だけど、僕はあの女の子の名前を憶えていない。


 あの子は一体……。


「あのー兄さん? おっぱいがくすぐったいんだけど」


「……え? ご、ごめん!」


 無意識に楓の谷間に荒い息を吹きかけてしまっていた。


「それより楓。学校はどうしたの?」


「何言ってるの? もう夕方の六時だよ?」


「……本当だ」


 時計を見ずとも、外の景色からして大体判断できる。


 僕はあの夢を何時間も見ていたということになるのか。

 あんな一瞬で終わってしまったのに。


 というか今更なんであんな夢を見てしまうのだろう。

 僕はあんな世界、絶対に戻りたくない。


 そう無意識にずっと思っていたから、楓の顔を見た瞬間泣き出してしまったんだ。


 ここは異世界じゃない。

 ここは日本なんだって。


「そろそろ琴葉さんたちもお見舞いに来ると思うから、それまでゆっくり休んでて」


「移しちゃ悪いから別に大丈夫なのに」


「いやいや、琴葉さんも真矢さんもかなり心配してたよ? だから一目会いたいらしい」


「そっか。二人にも心配かけさせちゃったかな」


「偶には兄さんにも迷惑かけてもらわないと、お返しができないからいいよ」


 別にお返しを貰えるほどみんなの役に立てたつもりはないけど、今日だけは甘えさせてもらおう。


 もう二度とあんなグロテスクな夢は見たくないけど、寝ていないと明日学校に行けなくなるかもしれないから大人しく寝る。


 大丈夫。近くに楓や雅ヶ丘さんたちがいるって思えばそんなの怖くない。


 僕は楓に手を握られながら眠りに就いた。


 妹の手はとてもひんやりしていて気持ちよかったけど、それとは別に温かさも感じた。

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