第82話 夢ではないから
数日後、リアとジークハルトは帝都を出、旅行した。
ヴァンに会うためである。
帝国内では、ジークハルトと二人で旅を楽しんだ。
国外に出ると、リアはヴァンを呼んだ。
抱えられる大きさまでになったヴァンと一緒に、隣国リューファス王国とツェイル王国をお忍びで観光した。
旅行中、兄と弟の暮らす場所にも少し寄った。彼らは元気そうにしていた。
ジークハルトがとてつもなく難しい顔をするので、そこはすぐに後にした。
ヴァンとたくさん過ごし、話をした。
楽しい時間だった。
しかし長期間、帝都を離れるわけにもいかない。
別れの日、清々しい空気の丘で、ヴァンはリアを見、瞳を潤ませた。
「リア……もうお別れなんだね。寂しい」
「私も……ヴァン……」
リアは、ヴァンをぎゅっと抱擁する。
ジークハルトとの結婚は間近に迫っており、これから忙しくなる。帝都を離れることは今より難しくなるだろう。
これがヴァンと会える最後になる可能性もある。
「ヴァン、またね」
「うん、またね、リア」
「あ、そうだわ」
リアは少々気になっていたことを口にした。
「前世で出会った聖女がいたでしょう? 彼女が、もし今生でも困っているようだったら、大聖堂に辿り着けるように、助けてあげて。私はそのときには、きっと国を出ることはできないと思うから」
「わかった。手助けをするよ」
ヴァンは頷いてくれた。
「ありがとう。ヴァン」
「ボクは君の命に従うよ。君を守る。そして子孫も守るからね。忘れないで」
(子孫?)
「リアの子孫ということは、オレの子孫でもあるな」
ジークハルトが言えば、ヴァンの目は据わった。
「フン。まあ、そうなるけどね……」
リアは頬が赤らむ。
不服そうにしているヴァンの背を撫でる。
ヴァンは小首を傾げた。
「ねえ、リア」
「何?」
「君のような紫色の瞳をした、ボク好みの『闇』術者に、ボクいつか会えると思う?」
リアは笑みをこぼした。
「ええ、きっと会える。あなたにとって、私以上の術者が見つかるわ」
ヴァンの瞳に透明な涙が、ぷくりと膨らんだ。
「見つかったとしても数百年後かもしれない。ようやく君を見つけることができたのに……」
リアがヴァンの涙を拭うと、彼はふうと息をついた。
「しんみりするのはよくないよね」
ヴァンは笑顔をみせ、空に浮かび上がった。
「リア、幸せにね……!」
「あなたも幸せに……」
「隣国リューファスに行ってみるよ。旅行中、楽しかったから。じゃあね……!」
リアは羽ばたいていくヴァンの姿を見送った。
(……ヴァン、さようなら)
大切で、とても大好きな竜が消えた星空を、リアはずっといつまでも見つめていた。
ジークハルトが吐息交じりに呟く。
「なんだか、妬けるな」
リアは隣に立つジークハルトに視線を向けた。
「え?」
ジークハルトは自嘲的に言葉を吐く。
「オレは君が興味をもつもの、全てを憎く思う。あの魔物にも嫉妬する」
真剣な顔で言うので、リアは笑ってしまった。
彼はリアの頬に大きな掌で触れる。
「君にはオレだけをみていてほしい」
「あなただけみていますわ」
「どこにも行かないでくれ」
「どこにも行ったりしません」
「ずっとオレの傍にいてくれるか?」
「はい」
リアは爪先立ちをして、彼の唇に唇を触れ合わせた。
「リア……」
「もう頼まれても、離れてなんてあげませんから」
彼は微笑んだ。
「幸せすぎて……オレは、夢を見ているのだろうか……もし夢なら、永遠に覚めないでほしい」
涙がジークハルトの頬を伝う。目頭が熱くなり、リアも涙が零れおちた。
「あなたも私もここにいます。夢ではありませんわ」
「ああ」
ジークハルトはリアの涙を唇で優しくすくい取った。
口づけを交わし、互いを確認するように、抱きしめ合う。
夜の闇の中、満月と、幾千の星が二人を祝福するように瞬き、輝いていた。
「生涯、オレは、君を幸せにする」
完
───────────────
これにて完結となります。
ご閲覧、フォロー、星評価、ハート、コメント、応援とても嬉しかったです。
最後までお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました!
番外編等、追加予定です。
『闇の悪役令嬢は愛されすぎる』も、どうぞよろしくお願いいたします。
https://kakuyomu.jp/works/1177354055481990688
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