第66話 止められない

 リアの表情から、婚約破棄について耳にしているようだったから、それを否定した。混乱していたこともあり、脅すような言葉を吐いた。

 世界中の人間を殺しても、リアを殺すことなどできない。

 

 

 リアは呆然として控え室に入っていった。

 

 ジークハルトはそこでメラニーに捕まった。

 今回もメラニーが噂を広めた張本人に違いなかった。

 今すぐ投獄したいくらいだったが、メラニーの断罪は後だ、それどころではない。

 極悪人オスカーが控え室に入室するのがみえたのだ。

 

 リアと婚約破棄しないとメラニーに告げ、控え室に急いで向かった。

 室内に入ればリアの隣にオスカーが座っており、かっと頭に血が上るのと同時に、寒気を覚えた。

 

 妹に歪んだ愛をもつこの男のいる場所に、これ以上、一秒たりとも彼女を置いてはおけない。

 あの屋敷にリアを戻しはしない。

 

 オスカーは四度のうち二度、リアを監禁し、一度目は殺している。

 

 ジークハルトは控え室から彼女を出し、自室へと連れていった。

 彼女にはここで暮らしてもらう。

 悲劇に向かわないよう、リアを奪った男達を彼女から離すことも決めた。


 オスカー、カミル、イザーク、ローレンツ。

 ローレンツは国境付近に赴任させる。彼の祖母が暮らしているとかで、それは彼自身の以前からの希望であったので、即座に叶えてやったまでだ。

 リアの兄弟は彼らの父である公爵に留学を勧め、イザークも同様に国外にやった。


(しかし……オレがリアにしていることは、オスカーのした監禁と変わらないのでは?)


 頭の片隅でそう思うが、止められない。

 


 リアの契約している魔物に偶然触れ、彼女が『闇』術者として覚醒していることを知った。

 皇宮に留め置く理由を彼女には、そのためだと説明している。『闇』術者だからだと。

 前世のことを話しても、彼女は信じられないだろう。

 

 もう決して、リアを失いたくはない。

 



※※※※※




 リアはジークハルトの部屋で彼と共に朝食を摂った。

 仕切りの扉は、早朝、侍女によって開けられた。

 昨晩のことがあり、なんともいえない空気が流れている。


「……ジークハルト様」

 

 彼はこちらにふっと視線を向ける。

 リアは勇気を振り絞って言葉にした。


「あの……しばらく、ジークハルト様のお部屋で過ごさせてはもらえないでしょうか?」


 彼は片眉を上げる。


「オレの部屋で?」

「そうですわ。……続き部屋も広いのですが、こちらは更にゆったりとしていますし、同じ部屋にずっといるのも気が滅入りますから、気分を変えたくて」

 

 ヴェルナーに会って詳しく話を聞かなくては。それには、廊下に出られるこちらの部屋のほうが脱出しやすいのである。

 彼は一拍沈黙し、頷いた。


「わかった」


 リアはほっとした。


「ありがとうございます」

「しかし、オレがいないときは念のため外に衛兵をつける」


(え……。衛兵……?) 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 食事後、ジークハルトは執務室に向かった。

 

 リアは一人部屋に残り、しばらくしてからそっと、廊下に繋がる扉を開けてみた。


「いかがなさいましたか?」


(…………)

 

 そこには衛兵がいた。

 左右に一人ずつ、計二人。


「……いえ、なんでも」


(本当にいた……)


「……ええと、どうぞ適宜、ご休憩をおとりくださいませ」

「休憩はまだ先です。その際は交代の衛兵がまいります。ご心配なく。リア様のことは必ずお守りいたしますので」


(──ただ監視されているだけな気が……)


「……皇宮内に不審者は現れないと思うのですけれど。ジークハルト様もそうおっしゃっていましたし。守っていただく必要は……」

「確かに不審者が現れることはないでしょう。ですが殿下が戻られるまで控えています。殿下からの命ですので、背くわけにはまいりません」

「……そうですの……」


 リアは落胆しつつも、笑顔で礼を言って、ゆっくり扉を閉めた。


(駄目だわ。衛兵はジークハルト様が戻るまで、下がる気配がない……!)

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