第67話 脱出

 リアは幼少時より護身術や剣術を学んでいる。

 旅に出る予定だったし、真剣にそれらに取り組んだ。

 正直、隙をつけば、衛兵二人倒せると思う。


 だが立ち回れば、騒ぎになってしまう。

 この方法はとれそうにない。

 

 リアは室内をうろうろとし、思考を巡らせた。

 悩んでいるときの癖だ。

 そうしていると窓が視界に映った。


(ひょっとして……)

 

 上質なレースのカーテンを引いた。

 外側から格子が取り付けられていない。


(窓から出られる!)


 今朝こちらに移ってきたばかりなため、そのままなのだ。

 窓の外に衛兵がいる気配もなかった。

 リアは速やかに窓を開けた。

 ドレスのスカートをからげ、地面へと降りる。

 靴を履いた足で無事着地した。


(脱出成功)

 

 養女となってから、公爵家に恥をかかせてはならないと、令嬢としてのたしなみを学び、振る舞ってきた。

 だが緊急時の今、そんなことを気にしていられなかった。

 ジークハルトも、リアがまさか窓から脱出を試みるとは思っていなかっただろう。

 

 続き部屋には、格子を取り付けはしていたけれど。 

 

 外で見つかってしまえば、意味がない。

 

 庭園を通り、ヴェルナーを捜して駆けた。

 皇宮に仕えている者たちに鉢合わせそうになれば、木々の影に隠れる。


 リアは一階の窓を覗き、ヴェルナーを見つけた。

 彼は、白で統一された室内の寝台で気だるげに本を読んでいた。

 拳を作り、窓を叩く。

 ヴェルナーはこちらを見、すぐに寝台から降りると、窓を開けた。


「リア。窓からやってくるとはな。まあ、君らしいと言えば、君らしい」


 彼はリアの行動力を誰よりよく知っている。


「ヴェルナー、話は中で」

「ああ」 

 

 ヴェルナーはリアの手を掴み、室内に入るのを手伝ってくれた。窓を閉め、リアはヴェルナーに問うた。


「体調はどう?」


 彼はなんでもないといったように肩を竦める。


「昨日のあれは薬を飲んで、わざと倒れた。大丈夫」


 リアはほっとした。


「部屋を抜けだしてきたんだけど、見つかれば、大事になるかもしれないから。すぐ戻らなくては。ジークハルト様が危険ってどういうことなの? 彼は威圧感はあるけれど、悪いひとではないわ」

「良いとか悪いとかじゃねぇよ」


 彼はリアの両肩に手を載せる。


「おれは魔術探偵だ。他の誰より、術者のオーラを見抜く目をもっている。あの皇太子はヤバい。まるで魔王だ。仰天したから、握手をして、魂を傍でじっくり見てみた。あんなすげえ術者は知らねえよ」


(魔王……?)


 リアはこくっと息を呑む。ヴェルナーは真剣な顔で続ける。


「彼は、この世界を何度も破壊させることができる強い魔力を秘めている。リア、君は前に、婚約破棄されるといっていたが、そうなったほうがいい。今すぐ離れるんだ」

「今すぐ離れるのは、貴様だ」


 ぞっとするほど冷ややかな声がして、リアもヴェルナーも動きを止めた。

 開いた扉から険しい表情をしたジークハルトが姿をみせる。

 

 彼の放つ異様ともいえる雰囲気に、二人は言葉を失った。


「そうか……イザークかと思っていたが……今回この男だったのか……」


(──え?) 

 

 彼は後ろに控える衛兵に命じる。


「男を連れていけ」

「は」


 ジークハルトはリアの前まで来て、手首を掴んだ。


「君はオレと来るんだ、リア」

「待ってください、ジークハルト様」


 リアは抵抗したが、有無を言わせず、ジークハルトはリアを連れて、部屋を出た。

 彼は無言だ。凄まじい怒りをひしひしと感じる。

 

 ジークハルトの部屋の続き部屋に入ると、彼は低い声で耳元で囁いた。


「君は昨日、他の者を選ぶことはないと言った。それは、あの男を選んでいたからということだな?」


 リアはびっくりして、かぶりを振った。


「違います」


 彼はリアの両腕を掌で握る。


「ではなぜ、わざわざ窓から抜け出して、あの男に会いに行った? その理由をどう説明する? それはひとときも離れたくないほど、あの男のことが好きだからだろう?」

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