第48話 お茶会3

 庭園にリアの姿がみえない。

 今日のお茶会にはリアも出席するはず。


(まだ来ていないのか?)

 

 ジークハルトはこういう場で、いつも真っ先に、リアの姿を探す。

 

 するとこちらにメラニーが足早に近づいてきて、こう言ったのだ。

 リアとイザークが逢引きをしていると。

 

 信じ難い。


「わたし、リア様と離宮の一室でお話をしていたのですわ。わたしと入れ替わりで兄が入って、リア様と二人きりになりました」


 メラニーは訳知り顔で事情説明をしてくる。


「ここのところ、以前にも増して二人はよく会っていますの。よからぬ噂も流れていますし……。いえ、わたし、そんな噂なんて信じておりません! 二人は深い仲で、リア様が不貞を働いているなんて! ……でもただの幼馴染というより、実際はもっと熱烈な関係のようにも思えるんですわ……。かたときも離れていられないといった……」


 しおらしくそう報告する彼女の話は大概オーバーである。

 噂を信じていないと言いつつ、輪をかけて肯定しているではないか。

 メラニーの話を鵜呑みにはしていないものの、リアのことなので気にはなる。


(今、彼女には好きな男などいない)


 ジークハルトのことも想ってくれてないが、幼馴染のことも、彼女は友人としてしかみていない。

 

 彼のほうは恋情をもっているとわかる。

 ジークハルトはイザークを責める気にはならない。

 

 イザークが彼女に何かするようにも思えないし、それに、彼に対してどうしても悪感情を持ちづらい。人当たりが良いからだろう。

 二人が会う事を、強く咎めることはしていなかった。

 

 

 メラニーに案内され、二人が籠っているという部屋へと向かった。


(話をしているだけに決まっている)

 

 二人は幼馴染で、友人だ。

 

 ジークハルトはそう信じていた。

 

 部屋の近くまで来るとメラニーが声を潜めた。


「ジークハルト様。申し上げにくいのですが、お取り込み中かもしれませんし、そっと扉を開けたほうがよろしいですわ」


 取り込み中とはなんだ。


 眉を顰めて、扉を開ければ──。

 抱き合っているリアとイザークの姿がみえた。

 

 ジークハルトは血の気が引いた。

 少し距離があるため、二人は扉が開いたのに気付いていない。

 

 リアのドレスは着崩れていた。

 リボンが解け、今にも床に滑り落ちそうだ。


「──君が好きだ」


 イザークはリアを腕に抱き、彼女の顎に指を絡ませ、顔を伏せるようにキスをしていた。

 リアはそれを嫌がっていない。

 ジークハルトが彼女に口づけようとしたときは、拒んだというのに。

 

 目の前が真っ赤に染まった。


(──そうか)


 そういうことか。


 謎が解けた気分だった。

 

 二人は噂通り、そういった仲だったということだ。

 自分はまんまとリアに騙されていたのだ。

 

 室内に踏み込み、裏切りを詰ってもよかった。

 だが無言で扉を閉め、その場から離れることしかできなかった。

 


 廊下で様子を窺っていたメラニーが、ジークハルトの後を小走りでついてくる。


「ジークハルト様! やはり兄とリア様は──」


 どこか上ずった声だ。


「わたし今まで、申し上げるのは憚られたんです。でも実は屋敷でも二人は……」

「屋敷でも二人はなんだ」


 ジークハルトの鋭い睨みを受け、メラニーは一瞬怯むが、すぐに続けた。


「今までお話ししなかったわたしを、どうぞお許しください。余りのことでしたから……」

「さっさと話せ」

「はい、申し上げますわ。実は屋敷でも、二人は、やけに距離が近かったのです。わたしが来ると、さっと離れるのですが。わたし、ジークハルト様をずっとお慕いしており、ジークハルト様を傷つけてしまうのではないかとそこまでは伝えられなくって……! わたしでしたら、ジークハルト様を裏切ったり、悲しませるようなことなんて決してしませんのに……っ!」

 

 瞳に涙を溜めてそういう彼女は、ジークハルトではなく、リアの兄弟に気があることを知っている。

 この女に野心があることも。

 

 その野心を利用しよう。


「オレと結婚したいか?」 

 

 尋ねれば、メラニーは顔を輝かせ、頷いた。

 

 リアを傷つけ、貶める。


 そのとき、ジークハルトはリアに婚約破棄を突き付けると、決意した。

 



 自室に一人戻り、長椅子に身を投げ出し、髪の中に指を埋めた。

 

 二人は友人だと。リアが裏切るわけはないと。ただの噂だと。

 愚かにもそう思っていた。

 今日ほど決定的な瞬間を目撃したのははじめてだ。

 浮気現場以外の何物でもない。

 

 今までも二人は、ジークハルトの目を盗んで抱き合っていたのか。


(気付かないオレを二人で笑っていたのだろうか)

 

 目も眩むような怒りと嫉妬で、身が焼きつきそうだった。

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