第47話 お茶会2
「着替えを持ってまいります」
「メラニー様、私はこのまま帰りますので──」
メラニーは一方的に捲し立てる。
「わたし、ジークハルト様とお話をさせていただいておりますが、なんでもないんです。そのことについてお伝えしたかったんです」
「……ええ」
「ドレスですけど、わたし、以前自分の服を汚してしまったことがあるんですわ。それで念のため、着替えを持ってきているのです。馬車にありますから取ってきますね。そのドレスはお脱ぎください。おひとりでは着替えるのは難しいでしょうし、お手伝いしますから」
「メラニー様、私」
「さ、リア様、お早く! シミになってしまいます」
彼女は後ろに回り込んで、強引に薔薇色のリボンをするすると解いていく。
ドレスが落ちそうになり、リアは慌てた。
「メラニー様、私帰りますわ。リボンをつけていただけませんか。着替えずに、このドレスで帰ります」
「そんな! 折角、お茶会にいらしたのに、すぐ帰るなんていけません。わたし、持ってきているドレスは数着ありますし。リア様に合うものをお持ちしますから」
さらに脱がせようとするメラニーに、リアは冷や汗が滲んだ。
「わかりました。着替えます」
リアがドレスを両手で抱えて制止すると、メラニーは残念そうにしながらも手を離した。
「ではわたし、着替えを取ってまいりますね」
彼女が退室し、リアは唇から吐息が零れおちた。ドレスを胸の前で抱え、椅子に腰を下ろす。
ジークハルトも出席するし、複雑な思いが交差するので、婚約破棄が間近に迫った今、可能ならば顔を合わせたくない。帰れるものなら帰りたかった。
(着替えなんていいわ……。このドレスのまま、帰ったのに)
一人でこのドレスを着るのは無理だ。メラニーのドレスを着るか、彼女にこのドレスの着替えを手伝ってもらうよりない。
頭痛を覚えながら、リアが座っていると、部屋の扉が開いた。
メラニーが戻ってきたのかと顔を上げれば、そこにいたのはイザークだった。
(え──)
「イザーク……!?」
「リア」
彼はリアの元まで駆け寄ってくる。
「メラニーから聞いた。具合が悪いんだって? 大丈夫なのか」
「いえ、具合が悪いわけじゃないわ」
リボンは解かれ、ドレスを手で支えている状態だ。
「ドレスにジュースが零れて、着替えることになって……」
それでようやく、イザークはリアのドレスが着崩れていることに気付いた。
「あ……」
彼は赤くなって固まる。
「取り敢えず、ここから出て、イザーク」
「わかった」
「それと、メラニー様が着替えを用意してくれると話していたんだけど、彼女はどこに?」
イザークはこちらをなるべく見ないように、横を向きながら言った。
「リアが大変だって俺のところに伝えにきたあと、すぐに立ち去ったから、わからないな」
「馬車に着替えがあるって話していたけど」
「馬車? その方向には行ってはいなかったと思う」
では彼女はどこへ消えてしまったのだろう?
ドレスの件を言わず、リアの体調が悪いとイザークに伝えた理由も不明だ。
彼女が戻ってこないのだとしたら、ずっとこのままいなければならない……。
「私、このドレスを着直して、このまま帰るわ」
難しいが、合わせ鏡をしてなんとか着るしかない。多少、おかしくなっても構わない。
リアは椅子から立ちあがる。
「でもリア、ドレスを一人で着ら──」
リアのドレスがずれそうになり、焦った彼がこちらに足を踏み出した。
「リア」
彼はリアを包むように抱き寄せ、ドレスが落ちるのを防いでくれた。
「大丈夫か」
「……ええ。ごめんなさい」
「いや」
リアはほっとするが、今の体勢に困惑する。
ドレスが落ちないように、リアはぎゅっと胸の前で掴んだ。
イザークは潔癖な印象の唇を引き結ぶ。
「──リア、俺……」
彼の声は掠れている。震える指を、リアの顎にそっとかける。
顔を持ち上げられ、神秘的な彼の漆黒の瞳に、眼差しを注がれた。
「俺……君が──」
彼の長い髪がさらさらと頬にかかる。投げうつような瞳で彼は告げる。
「君が好きだ」
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