第28話 進む道
ここまで大きくした賭博場を人に任せ、今までの暮らしを捨て、よく旅に出てくれたなと思う。
(今も旅の勧誘をしてしまっているのだけれど……)
リアが命をおとしたあと、彼はどうしたのだろうか。
旅を続けたのか、帝都に戻ったのか。
万一、人買いに捕まった場合、それを助けてはもらいたいのだが、一緒に旅をと余り無理強いはできない。リアは一人で国を出る覚悟もしている。
「賭博場の経営もいいが、各国を旅するのもいい。金はかなり稼いだしな」
ヴェルナーは頭の後ろで指を組む。
「けどリア、その予知夢では、国外に出るしかなかったのかもしれねーが、違う道も選べるんじゃねーのか。後悔しないようにしろよ」
「違う道?」
「ああ。自分の人生、よく考えて決めな」
「……」
リアは記憶を取り戻してから、ヴェルナーと事前に会ったり、彼と協力したりその辺りは違うが、それ以外では、前の人生と同じように生きている。
葛藤がないわけではない。
一番悩むのは、ジークハルトとのことである。
リアはジークハルトといられる時間を大切に思い、できるだけ長くその時間が続くようにと願っている。
(けれど、ジークハルト様とのことは、私の気持ちだけで、どうこうなるものではない)
彼は前世、違う女性を選んだ。その痛みと傷が転生した今も、リアの心に深く刻まれていた。
唇から息が零れおちる。
「私は旅に出ると決めたの。それが私の運命よ」
ヴェルナーはゆるく髪をかきあげる。
「まあ、それでいいならいいけどな。……君がずっと前から言ってる予知夢だが、契約した魔物に殺されるっていうのは、どんな魔物だったのか、まだわからねえ?」
それもリアの抱える悩みだ。
「わからないの……」
「どんな魔物かわからないと、何もしようがねえ」
リアは何度も思い出そうと頑張ったが、判然としないのだ。
それどころか曖昧な前世の記憶は、さらに薄らいでいっている気がする。
(思い出してすぐ、メモを取っておくんだったわ)
だが、そのときジークハルトと一緒で、リアは激しく動揺していた。
家に帰ってからも、記すことすら辛く、躊躇われたのだ。
「契約を交わし、魔物との関係はとても良好だったと思うんだけれど……」
「その魔物の存在を、まずはっきりさせねぇとな」
ヴェルナーには当初、その相談で会いに来たのだが、リアが覚えていないので、何もわからないままなのである。
将来に備えたかったが、今のところ魔物に殺されないよう、回避する術は見つかっていない。
けれどヴェルナーと力を合わせ、旅に出る前に打ち解けられたことはよかった。
「魔物と契約しなければいいんじゃねぇ?」
リアは首を左右に振る。
「私はあの魔物に会いたいの。殺されるのは御免被りたいけど」
「予知夢でみた魔物に、よほど愛着があるんだな」
「ええ」
きっと旅に出れば会える。
契約直後、殺されたのではないから、会ったあとに対処する猶予はある。
ふっと視線を向ければ、窓の外の太陽は、大分西に傾いていた。
「私そろそろ帰るわ」
「外まで送ろう」
隠し扉を開け、秘密通路を通って、屋外に出る。賭博場への出入りを人に見られれば、いらぬ憶測を呼ぶので、気を付けろとヴェルナーに注意されているのだ。
だからここに来るときは平民に扮し、かつ、秘密通路を使っている。
「それじゃ、ヴェルナー、またね」
「ああ」
見つからないうちに早く行けとばかりに、ヴェルナーは手を振る。
屋敷まで送られれば余計に目立つので、いつもここで別れる。少し歩けば、すぐ大通りに出る。
リアも手を振り、大通りに向かって歩き出した。
今日もメイドのイルマに留守を頼んでいた。
街に出る時は、彼女に協力してもらい、そっと抜け出していた。
イルマには頭が上がらない。
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