第12話 休日

 一年経って、リアは九歳となった。

 公爵家での生活も、大分馴染んできた。

 亡き両親や、公爵家に恥をかかせないよう、リアは毎日家庭教師の授業を真面目に受けている。

 

 今日は、久々の休日だったので、クルム侯爵家へ馬車で訪れた。

 侯爵家に引き取られたイザークと文通しつつ、時間を見つけて互いの家を行き来している。

 有力貴族であるクルム侯爵家も豪邸だ。

 美しい庭園に通され、そこでイザークに笑顔で迎えられる。


「リア」


 リアは瞬いた。


「イザーク、また身長伸びた?」

「少しな」

「見るたびに高くなってるわ……」


 なんだか置いて行かれそうで、リアは焦る。

 イザークは生まれたときから侯爵家で育った貴公子のようになったが、二人で会うときは、昔のまま飾らない。


「リアも身長伸びただろ?」

「イザークほどじゃないもの。羨ましいわ」


 リアは彼と広い庭を歩き、設えられた椅子に座り、話をする。


「公爵家での生活、慣れた?」

「うん。最初の頃と比べると。イザークは?」

「俺も。リアの両親から学んでいたことが、とても役立ってる」


 リアもそうだ。

 両親と過ごした日々が、恋しかった。

 イザークは視線を空に向け、遠くをみるように目を細めた。


「帝都から大分離れているし、今は無理だけどさ。大人になったらまた村に行ってみよう」

「ええ」


 心にぽっかり空いてしまった穴は、同じ思いを経験したイザークといる間は塞がる気がした。

 公爵も兄も弟も優しいけれど、幼馴染のイザークといるときが、リアは昔のまま自然体でいられて、最も心が安らぐのだった。


「そうだ、私、今度皇宮に行くことになったの」

「え、皇宮に?」

「そうなの。皇帝陛下にお目にかかるって、今朝お父様に言われて」


 イザークはびっくりしたように眉をあげた。


「えっと……皇帝陛下とリアのお母さんって、以前、婚約してたんじゃなかったっけ……?」

「そう……」


 だからリアとしては、否が応でも緊張が増す。


「ま、リアが生まれるよりも前のことなんだし……。陛下もそういった出来事をもう覚えていないだろう。気にすることはないさ。君は肝が据わっているし、今はもうレディだ」


 イザークは自分の顎を摘まむ。


「けど初拝謁……社交界デビューにはまだ早いよな」


 リアはテーブルの上で指を動かす。


「今度のは非公式なものみたい。礼儀作法の先生には、社交界に出たとき、困らないようにって、それは厳しく注意されていて。よく叱られるわ。陛下の前で失礼なことしてしまったらどうしよう」

「俺も、教師によく叱られるけどさ。君なら大丈夫だ」


 そのとき高く甘い声が響いた。


「イザークお兄様!」


 こちらに駆けてくるのは、彼の腹違いの妹であるメラニー・クルムだった。


「メラニー」 

 

 ストロベリーブロンドの髪に、白い肌、ブラウンの瞳、小さな鼻、ぷっくりした唇の、可愛らしい少女だ。

 

 メラニーはちらっとリアに視線をよこした。


「楽しそうですね。わたしもご一緒してもいいですか、リア様?」

「ええ、もちろんです」


 リアが答えると、メラニーはイザークの横の椅子に、ちょこんと腰を下ろした。彼女はリアと同い年だ。

 メラニーはまろやかな茶の瞳で、観察するようにリアを見る。


「オスカー様とカミル様と従兄弟なんですよねえ?」

「はい」


 彼女はぼそっと言う。


「いつも思うけど、似ていない。お二人はとっても魅力的なのに……」


 リアが二人と似ていないのは事実だ。オスカーとカミルに魅力があるのもその通りである。

 メラニーは、イザークの手を取った。


「リア様って気が強そうな顔立ちだし。性格もそうなのでは? イザークお兄様?」

「え? ああ、リアは強いけど……」

「やっぱり! ね、イザークお兄様、この間ね……」


 それから彼女はイザークに積極的に話しかけて、リアをほぼいないものとして扱った。

 前から感じていることだが、彼女はリアをよく思っていないらしい。

 彼女に何かした覚えはないのだが。 


(彼女が異母兄のイザークを慕っているからかしら……)

 

 昔から彼を知るリアのことが目障りなのかもしれない。

 しばらくそこで過ごしたあと、リアは帰り支度をした。

 馬車の前まで、イザークが送ってくれた。


「メラニーが、ごめん、リア」

「気にしていないわ」


 いつものことだし、慣れた。


「さっきの、俺はリアは芯が強いって、可愛いって言おうと思って――」


 彼は横を向いて、もごもご小さく呟く。


「え?」


 彼はくしゃくしゃっと自分の髪をかきあげた。


「いや。っていうか余り話ができなかったし、来週は俺が公爵家に行ってもいいか?」

「うん」


 リアは馬車に乗り、クルム侯爵邸を後にした。

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